服屋で見定める氷女
◇◇◇
「そういえば、セツカはどうしてその恰好なんだい?」
町の案内も兼ねて徒歩で移動しながら、尋ねる。
人気の少ない踏み固められた雪の小道をぐっぐっと踏みしめながら、セツカがきょとんとした。
「これしか持ってきませんでしたので」
「他にも服を持ってるってことだよね」
「ええ。でもこの格好が一番普通というか、皆が着てる服なので」
「……氷女は着物が普段着なの?」
らしいと言えばらしいが。
「むしろ正装ですかね。人間でいうところのスーツみたいなものです」
まさかのフォーマルな服だったか。
「それは……驚きの事実だ」
「動きやすくていいですよ」
その発言もジェネレーションギャップだ。
もしかして氷女の着物に、雪の中で苦も無く動けるようになる力でもあるのだろうか。どんなに雪が積もっていても浮いてるように歩けて、吹雪でも視界良好。何より寒さを感じない、とか。
「いいなぁ」
「着てみますか?」
「キミは堂々と俺に女装を勧めるんだね」
「イケないプレイみたいで興奮します!」
ダメな知識だそれ。
何の本から学んだんだろうか。
そんな馬鹿話をしながらしばし歩いていると、さすがに人通りの少ない道を選んではいても何人かの通行人とすれ違う。
やはり、というべきか。
そのほとんどがセツカを目の当たりにして大なり小なり驚いているようだった。
仕方ない。
これほどの美人なんて早々見るものじゃないし、冬に寒そうな白い着物でいるのも相当目立つわけで。
と、そこで今更ながらセツカの足元に目立つ要素があることに気づいた。
「あ」
「はい?」
「寒くはないかい?」
「大丈夫ですが、何か変なところでも? あ! 人間だとココは超寒いですわ~と応えるべきでした!?」
「いや、そうじゃなくて。ほら、セツカは靴を履いてないだろ」
「草履は靴では?」
「そういう認識か」
「人里の人間なら常識ですよね?」
だいぶ前のね。
……いや、着物を着ている人ならむしろ正しい、のか?
「いやいや、それでもそんな昔ながらの物じゃなくて、防寒の草履があるよ」
「そんなものが……世の中の進歩は早いものですね」
なんかいい感じに年を重ねたおばあちゃんみたいな発言だ。セツカの外見とのギャップは中々のものである。
「よし、服だけじゃなくて靴も選ぼう」
「零斗様ならなんでもお似合いになりますよ」
「俺じゃなくて、選ぶのはセツカのだよ」
「…………私の!?」
「そうだよ。いつまでもその着物だけじゃ大変だろ」
「氷女はこれ一着でも困りませんが……」
「それは氷女の里にいるときの話じゃないか。人間の町で暮らすならそれ相応の格好をしたほうがいい。気軽に外にだって出れないだろ?」
「そこはこう、雪に紛れてこっそりと」
迷彩か何かかな。
とはいえ、セツカはあまり乗り気じゃのかな?
女の子は服に関して結構こだわりがあって、いつでも興味津々だと思ってたのだが……もしかして違うのか。
それならあまり無理強いは出来ないが。
「…………んー」
「あの、零斗様は」
「うん?」
「私が他の服を着ているところをご覧になりたいのでしょうか」
ピンとこない質問に、俺はどちらかと言えばのニュアンスで反応した。
「そうだね、見たいかな」
「ッ! わかりました! ならば、急いで参りましょう。セツカは零斗様がお気に召すままにどんな格好でもいたします!」
急激に気合の入ったセツカがずんずん前へと進んでいく。
慌てて俺はそのあとを追った。
「待ってくれセツカ。はやいはやい。そもそもお店がどこにあるのか知らないだろ」
「そ、そうでした。申し訳ありません、気がせいてしまって」
「ううん、それは謝ることじゃないよ。……そうだな、もう少し歩いたらバスに乗っていこうか」
「バス! はい、乗りましょう乗りましょう」
子供のようにはしゃぐセツカは、可愛かった。
◇◇◇
「わぁ! たくさんの服がありますね、すごいです!!」
「雪花町では一番多くの人が立寄る店のひとつだからね」
そもそも全部で十軒もないのでアレかもしれないが。とはいえ昔はこんな店も無かったわけで、個人経営や特定ジャンルの専門店と比較すれば倍以上の広さがある。町を一直線に走る大通り沿いにあってお値段も手頃で品揃えも良いと来れば、お客さんが多いのも納得だ。
「セツカの気にいる服があればいいんだけど」
「大丈夫です! 人間の服をこんなにゆっくり見る機会なんて無かったので、この場に来れただけでも私は楽しいですよ」
「それは良かった。さて、俺は女性の服の知識なんて全くないから、セツカが好きに選んでくれていいよ。どれがいいかわからなければ店員さんに聞けばなんでも教えてくれるから、サイズとか、着心地とか何が違うかとか――」
「なるほど。……あ、もし、そこの方! 氷女用の服はどこに置いているでしょうか」
セツカの言葉に女性店員さんが「はい?」と。聞き間違いかなと不思議そうにしている。
これはマズイ。俺は慌てて間に割って入った。
セツカの口をふさぐことも忘れない。
「すみません、この子は言い間違えることが多くて」
「言い間違えですか……?」
「むぐむぐ」
「実は、今度催し物で使用する氷女に見える衣装になりそうな服を探してまして。もしかしたら大きなお店の店員さんなら知ってるかもしれないなと」
「ああ、仮装用の衣装をお探しでしたか。当店でそれらしい服になりますと、あちらにあるコスプレ衣装の棚で探すかお取り寄せになりますね」
「どうも」
素早く礼を告げて、俺達はコスプレ衣装が並んでいる小スペースへと移動する。
「むぐむぐー……ぷはっ。零斗様なんですか突然人の口を塞いだりなんかして、いきなりの人攫いごっこ遊びですか」
「外聞が悪すぎる遊びだ……。じゃなくて、セツカさん? 店員さんに聞くのはいいけど、聞き方がマズイよ」
「え、でも、なんでも教えてくれるんですよね? ああやって尋ねた方が話が早くないでしょうか」
「…………ごめん。マズかったのは俺の言い方だったよ。なんでもとは言ったけど、さすがに“氷女用の服はどこ?”なんて聞かれたら店員さんも困惑するし、何言ってるんだろうこの人ってなる。だから尋ねる時は別の言い方で頼むよ」
「……はっ!? す、すみません、ごもっともですね。大分気分が高揚してしまって、失念しておりました……」
セツカは偶にうっかりさんなので、今回もそういう話なのだろう。
何回も頭をペコペコされてしまって俺の方が困ってしまうくらいだ。
「はぁ、失敗です……。零斗様が補助してくれなければどうなっていたか」
「これから覚えていけばいいさ」
「そ、そんな先のことまでお考えに…………ッ。とっても嬉しいです零斗様!」
「多分セツカが考えてるほど先まで考えてないと思うけどね。さ、今度はちゃんと女性服のエリアを見に行こう」
「ココに並んでるのは違うのですか? とても豊富な色彩に派手さがあって目を惹かれるのですが」
「ここはコスプレ衣装だから、普段使いには向かないかな。ほら、ココに見本が飾ってあるけど、普通の服と比べて着るのも時間がかかりそうだし、ちょっと安っぽい感じがする」
俺の示した先にある衣装を、セツカがまじまじと見ながら少しだけ触る。すると「なるほど、大した生地は使ってなさそうですね」と得心していた。
「惜しいですね。割といい感じの見栄えなのに」
なお、セツカがいい感じと評したのは季節外れのハロウィン系衣装。
「着た瞬間にあなたも可愛い魔女になれます」が売り文句の黒いローブと三角帽子のセットだ。
「セツカは黒が好きなの?」
「好き……というより、氷女の服は白と水色を基調としたものがほとんどで、それ以外の色は珍しいんです。例えばこの黒い服を着て里を出歩いた日には、注目の的待った無しでしょう」
頭の中にセツカと同じような恰好をした氷女達と、黒ローブを着たセツカが一緒にいるところを想像する。なるほど、それはさぞかし目立つに違いない。
「着てみたいなら試着も出来るし、セツカがいいならそれを買ってもいいよ。別に買うのは一着だけじゃなくていいし」
「そ、そうですか?」
そわそわするセツカも可愛い。
実はけっこう欲しかったのかな。
「ただ外には着ていけないかな。日常的にこんな格好をしてる人はいないから、仮装OKのお祭りならまだしも」
「家の中で着る分には良いのでしょうか?」
「良いよ」
動きづらそうだけど。
「では、一旦候補として保留しておきます。……あ、でもよく見るとこの服の中は布地の少ない物になっているんですね。寝間着用でしょうか?」
「寝間着……?」
どういう意味か確かめるために、黒ローブをぴらっとめくってみる。
中から出てきたのは無駄にエッチに見えるスケスケ多めのボンテージ的な者だった。いや、これ誰が用意したんだろうか。変なところにこだわりを感じる。
ふと気になって、隣に飾ってある遊園地のパレードで着ているようなかぼちゃ色の衣装も確認してみた。外側は可愛らしいが、中には同色の勝負下着っぽいものが仕込んである。
悲しき雄の性か。
コレを着ているセツカを想像する俺の頭を、セツカに見えない位置から自分でゴンとげんこつで殴る。
「何かありましたか?」
「……なんでもないよ」
コレを寝間着と称したセツカの感覚が人間離れしすぎてるのか。
それともこんな服をしっかり置いてるお店のへんてこさに突っ込むべきか。
どちらにしても、服を買うためにはセツカに人間の一般常識をちゃんと教えた方が良いかもしれない。
切にそう思った。
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