お祭り開幕 編
恩返しから始まる新生活
氷女のセツカが恩返しに来てから少し経って。
俺は、丸一日の時間を得ることが出来ていた。
――なんて仰々しくも言えなくはないが、要は単なる休日だ。
けれど、セツカと共に迎えるこの休日ではやりたい事が色々あったのでちまちまと心の準備をしていたわけで。
「ん~~、零斗様~♡」
朝もはよからベッドの中に潜り込まれて半裸で抱き着かれている。そんなアダルトな事態に心の準備が吹きとびそうになった時は焦った。
「……セツカ?」
「すーすー」
「キミはまた潜り込んで……こういうのはダメだって言っただろ」
「……す~す~」
彼女の柔らかい寝息がすぐ傍で聞こえてくすぐったい。
もしこの場に誰かがいたら、この光景を見て「そんな平常でいられるほど、いつもイチャイチャしてるのか」と感じるのだろうか。
誤解だ。
俺は至って冷静に見えるかもしれないが、表に出ないだけ。内心では、例えるとすればびょーんとカエルのように飛び上がりそうな程に驚いている。
実際にそうならないのは、いつぞやの遭難事故による原因不明の後遺症。普通の人に比べて感情が希薄であったり、顔が無表情すぎるせいだ。
そんな俺に対して、セツカは献身的かつまともに接してくれる大変珍しい人――もとい氷女と呼ばれる妖怪の類。
気持ちはとても嬉しい。氷女といってもセツカは人間とあまり変わらない。強いてあげるとすれば「とんでもなく可愛い美人さん」なのと「冷気を操る力」が使える面が異なる。その身体が氷のように冷たいわけでもなく、むしろポカポカと温かい。伝説に出てくるような人間に害を為す恐ろしさもない。あえて言うならちょっとポケポケしてて抜けてるところはあるかもしれないが。
もしかしたら、俺は既にこの子に惑わされているのかもしれない。
そんな戯言を妄想する程度には、拝山零斗は彼女に対して離れがたい情愛のようなものを抱いてしまっている。
一目惚れ……?
いや、まさかそんな。
謎に悩みながら、俺の手はセツカの頬に触れていた。
無意識だ。
自分でやったはずなのに、そのもちっとした柔らかさに気付いてからバカみたいに驚いている。
「んふぅ~~~~♪」
どう考えても狸寝入りをしていたセツカが、とても嬉しそうに俺にすり寄ってくる。頬に触れた俺の手に至っては愛おしそうにスリスリして甘えてくるのだから、心中穏やかではいられない。
「起きて、セツカ」
「いーやーでーすぅ」
しっかり返事をする辺り、隠す気もないようだ。
俺はやんわりと、けれど強引に抱き着いてくるセツカをベリッと引きはがした。
「ああッ、零斗様のいけず」
まったく怒っていない冗談交じりの文句。
やれやれと既に数回繰り返したであろうやり取りに小さく溜息を洩らす。
その際に、セツカの前面部がバッチリ目に入ってしまった。
油断した。あるいは寝起きで忘れていたというべきか。急いで目を閉じるが、焼き付いた白い裸体は中々目の前から消えてはくれない。
「……なんでセツカは毎回こんな真似をするんだい?」
恥ずかしくはないのか。
そんなニュアンスで訊いてみたつもりだったのだが。
「愛しい相手と肌を重ねたくなるのは当たり前では?」
臆面もなくそう返されてしまっては、俺が恥ずかしくなるしかなかった。
◇◇◇
「今日は買い物に行かないかい?」
「買い物!」
危険な布団の中からなんとか脱出した後。
リビングで朝食を執っている最中に話を切り出すと、とんでもなく感激した様子でセツカが声を上げる。マグカップに注がれた彼女の大好きなカフェオレがこぼれそうだ。
「私なんかが零斗様のお買い物にお供していいのですか!?」
「いいに決まってるよ。そもそもセツカに来てもらわないとダメな買い物――」
「呉服屋ですか。それとも生物(なまもの)でも?」
「待って。そのふたつはどこから来た」
「零斗様のお召し物を選ぶのに私の目が必要なのかと。ほら、私はこういった格好(着物姿)ですし」
「……生物は?」
「私の力を持ってすれば、どんな生物だろうと凍らせることで腐らせずに運べます」
……コレが氷女的普通の発想なのか。
初めて会った時から感じていたが、セツカの時代感覚は現代ではなくずっと昔のものなんではなかろうか。いや、昔の人だとしても生物を凍らせるなんて発想は出ないな。果たして今の会話の流れはセツカのみの物なのか、氷女は皆こうなのか。
うん、わからないな。
「当たらずとも遠からず、かな」
「ではやはり生物を?」
「そっちは遠い方。近いのは呉服屋だよ」
「お召し物ですか? 私が必要なのであればさぞ吟味すべき案件だと存じますが」
「どうしてそうなる」
「それは零斗様が『基本的に外に出ない方がいいかもね』とおっしゃられたからです。なのでセツカはいつもお傍に居たい気持ちを全力で抑えつつも、しっかりとお留守番を果たしております」
……そこは、ごめんなさいとしか言えない。
別にセツカを家に縛り付けたいわけではないけれど、彼女がそのまま外に出るとひどく悪目立ちする。可愛い子がいる程度に思われるならまだしも、ナンパしてくる輩も出てくるだろうし……万が一無礼を働いた輩に対してセツカが氷女の力を使ったなんて日には大変だ。
慎重すぎる?
いやいや、用心に越したことはないだろう。
決して、けっっっしてセツカが外に出たらたまたま何かやらかしそうで怖い……なんてことは無いのだ。多少一緒に暮らしただけで、彼女のやらかしが身に染みてるなんてこともちょっぴりしか無いのだ。
まあ、何はともあれ。
「今まで退屈させてごめんね。今日は今後を考えて、セツカを連れて買い物に行きたいんだ」
「つ、つまり……デートですね!」
「いや、ちが――」
「デート、デート♡ 零斗様とデートです♡」
「…………うん、そうだね。でも周りに聞こえるとアレだから、大きな声では言わないように」
「かしこまりました!」
雪花町はあまり大きな町ではない。
小さすぎるわけではないが、近所の買い物に出かけた際には知り合いに会う確率は
都会に比べたら高いもの。ある意味田舎っぽさそこらに残ってると言えるが、もし買い物途中で「デート、デート」連呼してるセツカと一緒にいる俺の姿を町役場関係者に見られでもしたら。
追及待った無し。
青木先輩であれば嬉々として探りまくることだろう。
そうなればどうなる。まさか「氷女の子が恩返しに来た」なんて馬鹿正直に言えるはずもなく。
一緒に暮らしてます? いやいや、それは騒ぎをより大きくしそうだ。
無難に従妹です、だろうか。
「どうかされましたか?」
ちらっとセツカの方を見て、従妹も無いなと思ってしまう。
俺の従妹扱いにするにはセツカはあまりにも美人&浮世離れしすぎている。きっと誰にも信じてもらえないだろう。まだ「友達」の方がマシかもしれない。
「なんでもないよ」
「そうですか……」
セツカのちょっと残念そうな顔を尻目に、外の天気を確認する。
今日の天気は穏やかだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます