≪最初の恩返し≫⑥:雪兎と雪花火でレスキューです!

「は、はい!」

「具体的には何をどうするんだい?」

「兎さんに探してもらおうかなと♪」


「うさぎ……?」


 突然飛び出してきたメルヘンな答えにハテナマークが浮かぶ。

 雪花町周りの山々には確かに兎はたくさんいるだろう。だが、それで探すとは? もしかして氷女にとって兎とは使い魔の一種だったりするのか。


 などと、勝手に妄想を膨らませていると。

 セツカが両手を組んで、何やらニンジャが忍術を使う時のようなポーズを取った。


「では、参ります。…………ん~~~、おいでませ兎さん達♪」


 ものすごい明るくて軽い口調で呪文(?)をセツカが唱える。

 すると。


 ポコ。


「お」


 ポコ、ポコ。


「おお」


 ポコポコポコポコポコポコポコ!


「こ、これは……」


 セツカの身体から生まれた青白い光が、彼女の足元から周囲に広がっていくと。


 最初に一匹。

 次は二匹同時に。

 そのうち、数えきれない程にたくさんの兎――もといその辺りにあった雪から可愛らしい赤い実の目と葉っぱの耳を持つ雪兎が出現した。

 気づけばもう、俺達の周りには足の踏み場もない。


「こいつらで影峰さんを探すの?」

「はい♪ コレは氷女に伝わる探し物を見つけるための技なんです。私は『探し兎の術』って呼んでます」


「すごいな。でも氷女はコレで何を探すんだい? 落とし物?」

「ですです。あとは雪山で遭難した人とかですかね」


 人って、氷女のことだよね? 氷女も遭難するのか?


「さ、みんな。この林の向こう側のどこかに女の人、もしくは手がかりがないか探してきてくださいね」

 

 ポン、とセツカが手を叩く。それが合図だったかのように、雪兎達は一斉に林の奥の方へと広がっていった。丸みのあるボディで足が無いため、すいすい滑ったりぴょんぴょん跳ねたりしながら移動していく。

 愛嬌のある外見と相まって、なんとも可愛い奴らだ。


「ココで待ってた方がいい?」

「いえ、私達も進みましょう。雪兎達が何か見つけたら私が分かりますし、探す手は多い方がいいです」

「OK、このまま遊歩道に沿って進もう」

 

 既に除雪が進んでいる遊歩道を進んで行くと、割とすぐにケンジくんの行っていた分かれ道にたどり着いた。右も左もある程度除雪をした跡があるがケンジくんの話によれば彼が進んだのが右で、影峰さんは左に行ったはずだ。


「零斗様。雪兎が何か見つけたようです」

「左の道?」

「……左寄りの真っすぐですね」

「んん」


 左寄りの真っすぐだって?

 そっちは遊歩道からは外れているようだが……。


 いや、疑う事は無い。

 今はセツカの力を信じるのが正しいだろう。


「行ってみよう」

「こっちです!」


 セツカが先導する形で、道なき雪道を進んで行く。

 ずぼずぼと足が沈み込むのがまだるっこしいが、注意深く周りを確認しながらなるべく急いで前へ前へ。


 そうこうしている内に、何匹かの雪兎が固まっている地点までたどり着いた。

 彼らが集まっている場所にあったのは……。


「影峰さんの眼鏡だ」

「ではこの辺りに?」

「そのはずだけど……影峰さん、どこですかーーー」


 なるべく声を張り上げて影峰さんに呼びかけてみる。しかし、返事は無かった。

 歩いて行った足跡も……見当たらない。まるでこの場で忽然と姿を消してしまったかのように。


「眼鏡だけ落として、別の場所に行ったんでしょうか?」

「いや……この眼鏡は度がキツイから、コレ無しじゃそう簡単に移動はできないよ」


 その必要がある緊急時だった余地もあるが、その可能性はかなり低いだろう。

 となれば近くにいると考えるのが自然。


 ……そういえばこの先は確か。


「影峰さんがどこにいるかわかったかもしれない」

「え、すごい!」

「あくまで可能性だけどね。念のため、セツカは雪兎達にこの辺を中心に捜索するよう指示してもらってもいいかい?」

「お任せください」


 気持ちのよい返事に頷きながら、俺はもう少し前へと進んだ。

 この辺りから雪質がさらに柔らかくなっている場所が増えて、歩き辛さが増す。町を照らす太陽によって溶けてきたのか。


 さすがにこれ以上奥まで行くと、ケンジくんと約束した三十分が守れなくなってしまう。一度戻るべきか……そんな考えが頭をよぎり始めた時、俺は目的地に到着した。


「……急斜面になっていますね」

「うん。この公園のあちこちには高低差のある窪地があってね、遊歩道からは外れてるし気をつけていれば基本は大丈夫だ。ただ、ココは特に事故が起きやすい場所とされていてね? 俺も詳しくは知らないけど、昔からある古い鎮魂碑があることで人が集まりやすいからなんて言われてて――」


 もし、何らかの理由で眼鏡を落とした影峰さんがコッチまで来ていたとしたら。足元の斜面に気付かず落ちていても不思議はない。


「アレは……何か滑り落ちたような跡じゃないでしょうか」

「ナイスだ、セツカ」


 少しだけ離れた場所には、確かに何か人間大のものが滑り落ちたような形跡があった。その跡は斜面の下に続いている。

 だが、肝心の影峰さんの姿が見当たらないのはなぜだ。


 また声をあげて影峰さんを呼んでみたが、またも反応は無かった。


「ココじゃないのか……」

「うーん…………滑り落ちた時に、どこかに埋もれてしまったとか?」

「だとしたら大変だ。掘り起こすのに時間がかかるし、そもそもその場所がどこにあるのか」


 身軽な移動を優先して雪かき道具を持ってこなかったのが悔やまれる。

 仮に影峰さんがどこかに埋もれているとして、俺の力で引っ張り出せるだろうか。

 ……無理かもしれない。

 だったらどうすればいい。

 少し悩んでから、俺はセツカの顔をちらりと見た。


「…………セツカ。こんなことをお願いするのはどうかと思うんだけど」


 正直、あまり彼女に頼み続けるのはどうかと思う。

 セツカにとって影峰さんは関係のない人だ。探し兎の術は彼女が親切にしてくれただけで、そもそも俺が頼める義理もない。


「ふふふっ、零斗様。そんなにお悩みにならないでください」

「……」

「この程度ならば私が受けた御恩に比べれば些細な物。以前に申し上げたとおり、私はすべてをもって全力であなたに恩を返すと決めた身です。どうぞご遠慮なく、お命じくださいませ」


「……でも、それはセツカを体よく利用してるようにならないか」

「えへへ♪ 何をおっしゃいますか、好きな人に頼られて嬉しくない女はいませんよ


「…………分かった、今回は甘えさせてもらうよ」

「今回と言わず、ずーーーっとで構いません。でも、もし零斗様のお気が進まないようでしたら……そうですね、後でセツカにご褒美をくださいますか」


「ご褒美」

「はい♪ 後でおうちに戻ったら、いっぱいハグしてください♡ ぎゅーーーっと、身も心も解け合うような熱烈なのを希望です♡」


「…………ああ、お安い御用さ」

「ありがとうございます。それでは私は張り切って、参ります!」


 気合い。

 そう形容するのが正しい気がするものを込めて、セツカが両腕を天に掲げる。

 

 また、あの美しき青白い光が彼女の体からあふれ出す。

 その力強さは今まで見た時の比ではない。何か大きな、氷女に許された冷気を操る力が膨らんでいくような、そんな感覚があった。


「よーし、それでは…………ドーン☆」


 瞬間。

 前方の斜面とその下に広がる地面を中心にして。


 雪が、

 深く高く積もった雪景色が、

 爆発した。


「!!?」


 ぶわぁと目の前に迫ってきた雪の花火に対して、反射的に両腕で顔を覆う。

 べしべしとぶつかる粉雪に露出した顔がちべたい。爆発した際の勢いがあるため口と鼻が塞がれそうで息がしづらかった。


「セ、セツカ。なにをッ」

「あ、ごめんなさい零斗様。すぐに楽にしますね!」


 彼女の声が聞こえると、途端に視界が開けた。

 どうやら俺の前に薄い冷気の壁(?)を作ってガードしてくれたらしい。


「もうすぐ終わりますからね。せーーーーのっ、はい☆」


 握りしめた手を、彼女がパァっと大きく開く。

 それだけで中空に向かってぶちまけられた小麦粉のような雪が、上空へと舞い上がって、太陽の光を反射する無数の雪の結晶へと変わってしまう。


 ふわふわと舞い落ちてくる結晶達は、あるものは風にあおられて飛んでゆき、あるものは俺の体に落ちてはしゅわっと儚く消えていく。それは雪の妖精が楽し気に舞うような、幻想的な光景だった。


「………………」


 けど、何よりも。

 そんな光景の中で、一際輝いて見えるセツカが、最も美しい。

 思わず見惚れてしまった。


 ほんのわずかな時間だが、その間に辺り一面から雪がまるまる消え去っており、地面の茶色が覗くようになってしまっていた。これが除雪作業だとするなら、百人分以上の働きではなかろうか。


 その成果を確かめていた際に、俺は斜面の下で倒れている人を発見した。


「影峰さんッ」


 雪の消えた斜面をなるはやで下りながら、彼女の傍へと駆け寄る。

 どこかにぶつけたのか。意識を失っているらしい彼女の頭からは、赤い血が垂れていた。


「ほかに怪我は…………うん、見た感じ骨折とかはなさそうだ」


 持っていたハンカチやタオルで傷口を抑えつつ、容体を確認。埋もれて一時間は経過しているかもしれないが、重い凍傷になる程ではないはずだ。

 後は救急車を呼んで、医者でもない素人が余計な手出しはしないほうがいい。


「零斗様――――! 大丈夫ですかーーーー!?」


 上の方からセツカが安否を確認してくる声が聞こえたので、大きく片手を振る。

 それが「大丈夫」の合図だと伝わったのか。「やりましたね!」と喜ぶセツカの姿が拝めた。


 何はともあれ。

 今回の功労者は間違いなくセツカで。


 彼女がいてくれたおかげで、影峰さんは事なきを得たのである。


 ◇◇◇



 

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