≪最初の恩返し≫⑤:第一弾の恩返し開始です!!
児童館内の入口近くにある自販機で飲み物を買いながら、俺は隣りにいるセツカを問い詰めた。
「セツカ?」
「なんでございましょう」
「どうしてここにいるんだ」
「それは先程説明したとおり、零斗様のお傍に居たい気持ちが強くなったためでございます」
曇りなき眼(まなこ)で純粋に好意を向けられると、少なからず気恥ずかしい。
たとえ表情に出なくとも俺の心は複雑だった。
「だとしても、もう少し手順や方法ってものがあったんじゃないか。あんまり無茶をされると、心配になってしまうよ」
「ご……ごめんなさぃ」
見るからにしょんぼりしてしまうセツカ。
そんな彼女を見てしまうと罪悪感が湧いてくる。
……合理的に考えれば、彼女の行動は褒められたものじゃない。
それでも、俺のためと言って行動してくれることには嬉しさもあるわけで。
「すまない。俺を待つキミの気持ちをもっと考えてれば良かった」
そう告げながら、飲み物のひとつをセツカに手渡した。
ウチのカフェオレは無いので、代わりにお汁粉だけれど。
「まあ、もうここまで来た上に除雪作業まで手伝ってもらったんだ。今から家に帰れというのもアレだし……キミさえよければ引き続き手伝ってもらえるかい」
「よ、よろしいのですか!」
「ああ。役場の職員や子供達には上手く伝えてみるさ」
ボランティアうんぬんを主軸に考えれば、要はセツカは善意で雪かきを手伝ってくれる人だ。人手が足りない現状でそんな存在はありがたいので、受け入れはすれど煙たがれることはないだろう。
とはいえ。
注意するべきところはしないとイケない。
「でもねセツカ。キミの力は無闇に使わない方がいいと思う。あまり俺がとやかく言える事じゃないからキミの判断次第だけど、素直に受け入れられる人はそう多くは無いだろうから」
「そちらは案外、大丈夫だと思います!」
俺の心配を踏まえた上で、セツカがキッパリと言い切る。
どうしてそんな風に言えるのかと問う前に、答えがきた。
「なんだかんだ言っても、人間にはいい人がいっぱいいるんです。零斗様みたいな人が」
「……キミは」
どうしてそんなに暖かくて眩しいんだ。
氷女に抱いていたイメージとは真逆もいいところだ。
その熱ともいうべきものが、ひどく羨ましい。
……俺も、そんな風になれたらいいのにな。
「零斗様? いかがなさいました?」
「気にしないで。大したことじゃないから」
「そうおっしゃられるのであれば……。ですが、お話したい時があればいつでもセツカを頼ってくださいましね」
「うん、ありがとう」
感謝を伝えるために、頑張って顔の形を――できれば口角だけでも上げようと頑張ってみる。しかし、やはりこのポンコツな顔は上手く動かせなかったので、代わりに深々と礼をした。
「そんな、頭をお上げください。あ、あの……もしお礼を形にしたいのであれば、熱い抱擁の方が良かったり……なーんて」
「それはさすがに」
冗談を交えて場の空気を軽くしてくれたのだろうが、さすがにココでやるには度胸が必要過ぎる。なので、照れ照れしている少女に対して丁重にお断りした。
それから飲み物を買い終わって、休憩している子供達の下へ戻ろうとしたその時。
「あ、いた! 無表情の兄ちゃん!!」
別グループで作業しているはずのケンジくんが、こっちに向かって急いで来るのが見えた。自動ドアを抜けてすぐ傍まで来た彼は、ぜぇぜぇと息をつきながら俺を見上げてくる。
「どうしたケンジくん」
「何かあったのでしょうか」
「え、なんか知らない超美人の姉ちゃんがいる――? いや、それは後で聞くとして兄ちゃんに確認しに来たんだよ!」
「何をだい」
改めて問うと、ケンジくんはかなり真剣にこう訴えた。
「影峰姉ちゃんがどこにいるか知らねえか!?」
◇◇◇
「……それじゃあ、影峰さんを見たのはこの辺が最後なんだね?」
「そう!」
ケンジくんに案内されたのは児童館東側にある林の中だ。
そこには影峰さんのグループになった子供達がおり、きょろきょろと周りを確認しながら「影峰さーん!」とリーダーの名前を呼んでいた。
「みんな、こっちへ」
呼びかけて集合させると、子供達が雪をズボズボとかき分けながらすぐに俺の近くに集まってくる。ざっと覚えている名前と顔を確認していくと子供達は全員揃っていると判明した。
いないのは大人の影峰さんだけだ。
「よし、それじゃあ何があったのか一人ずつ教えてもらえるかい」
「気づいたら影峰さんがいなくなってたの」
「私はこの遊歩道から離れずに雪かきしてってお願いされただけ」
「僕もほとんど同じだよ。影峰さんが先に雪をどけてくから、それを運んでって言われたんだ」
「……ケンジくんは?」
「オレは影峰姉ちゃんの隣で作業してたんだ。ただ、途中で分かれ道になってたからオレは右の道に進んでって……多分影峰姉ちゃんは反対側に行ったと思う」
「それで……気づいたら姿が見えなくなったと。気づいたのはいつ頃だい?」
「三十分ぐらい前」
……つまり、最低でも三十分は行方が分からないという事か?
こちら側の林はその気になれば公園内を縦断できる道もあったが、その多くは積雪のせいで歩きにくいなんてレベルじゃない。場所によっては踏み出した瞬間に大人の膝より上まで沈み込む場合もある。
公園だなんだと言っても雪と自然たっぷりの広い場所だ。あまり遠くには行っていないと思いたいが。
「……兄ちゃん」
しばし熟考していた時に声をかけてきたケンジくんに見やると、いつも元気いっぱいな顔が不安に揺れていた。
「ごめん、兄ちゃん。オレ、兄ちゃんに影峰姉ちゃんを見ててって言われたのに……かっこわりいや」
「そんなことないさ。ケンジくんはカッコ悪くなんてないよ」
「でも……」
「なに、心配はいらないさ。影峰さんは大人だからね、ちょっと皆にカッコいいところを見せてあげようとして、はりきり過ぎてるだけだよ」
――だったら話は早いな。
子供達を安心させる手前、楽観的な話をしたけれどそんな都合のいい話は早々あるものじゃない。とはいえ、仮に何かあったとしても影峰さんからすればあまり騒ぎを大きくしたいとは思わないだろう。嘘も方便だ。
「うん、それじゃあこうしよう。ケンジくんはココにいる皆を連れて、児童館の東側にいる子達のところへ向かって。で、しばらく温かいところで休憩してなさい。コレであったかい飲み物でも買うといい」
小銭を多めに手渡しながら、フードもせずにいるケンジくんのツンツンした頭を撫でる。
「兄ちゃんは?」
「俺は張り切りすぎてるお姉さんを探してくるよ。なに、三十分もしない内に見つかるさ」
三十分は大雑把に決めたリミットだ。
それで見つかれば良し。もしダメだった場合、最悪なんらかの事故にあったものとして判断する。
わざわざこう告げたのは子供達に安心してもらうのもあるが、ケンジくんのように心配している子供がこっそり付いてくるのを防ぐためもあった。二次被害は怖いのだ。
「……分かった。三十分だな? 遅刻すんなよ兄ちゃん」
「遅刻しそうなら、誰か職員経由で連絡するよ」
「…………約束だぞ。うし! みんな、一旦児童館の方へ戻るぜ」
リーダー格のケンジくんに従って、子供達が児童館の方へと戻っていく。
その姿が完全に見えなくなったところで、俺は改めて林の奥へと向き直った。
「さて」
「……零斗様、零斗様」
「わっ、セツカか。なんでそんな樹の裏に隠れてるんだい」
林を構成するスギ。
その中で近くにあった大きめの木の裏から、ひょこっとセツカが顔を出してきた。
「あの童達に気にされない方が良いかと思いまして」
「なるほど。もう出てきて大丈夫だよ」
「はい」
雪ばっかりの場所で白い着物を着たセツカは、周囲の風景に馴染みすぎてて一種の迷彩をしてるかのようだ。まあ、今はサングラスが変に浮いてるから見失いはしないけれど。
「もう、それ(サングラスとマスク)取っちゃいなよ」
「御意です!」
「俺は影峰さんを探しに行く。セツカは――」
「もちろんお供させていただきます! こう見えても人探しは得意な方ですので」
「頼もしいな」
何故? とは尋ねない。
今の状況では探すのが得意に越したことはないのだから。
「とりあえず、一度ケンジくんが言ってた分かれ道まで行ってみよう。そこから先は……影峰さんの足跡を辿るとかして――」
「零斗様、ご提案があります」
ほわほわニコニコしているセツカが、この時はキリッと引き締めた表情になっていたので俺は自然と彼女の声に耳を傾けていた。
「何かいい手でも?」
「はい。……ただその、手があるにはあるのですがコレは零斗様のご許可が必要でして」
「俺の許可?」
「先程、雪かきの時に氷女の力をなるべく使うなと命じられましたから。勝手に使うのはダメかな~と……」
セツカが両手の指をもじもじと合わせる。
何が言いたいのかすぐに分かった。彼女がやろうとしている事は、他の人間に見られては不味いものなのだ。
「俺も見ないほうがいい?」
「いえ、零斗様は大丈夫です。しかし、お探しの影峰さん? の状況によっては目撃されてもおかしくないでしょうから」
セツカが気にしている点。
それが、俺の言いつけを守ろうとしている事が分かって、不思議と嬉しかった。
ならば、今すべきことは決まっている。
「ありがとうセツカ。……許可するどころじゃない、こっちからお願いするよ」
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