≪最初の恩返し≫④:不審で台無しな氷女
◇◇◇
児童館は比較的大きな自然公園の敷地内に存在する。
公園といっても滑り台やブランコ等の遊具が設置されたこじんまりとしたタイプではなく、ジョギングや犬の散歩に愛用されるような自然がたっぷりあるヤツだ。
何が言いたいかというと、森とまではいかないが林が多い訳である。
それは児童館の周辺も例外ではなく、俺達が担当する東側にもすぐ近くには林がセットになっているわけだ。
東側を担当するとなれば、その林もある程度は除雪したほうがいい。むしろそっちが本番みたいな感じがあった。
「ふぅ……」
除雪作業を始めて二時間程が経っただろうか。
俺の班は、二手に分かれて作業に当たっていた。
俺と影峰さんがそれぞれリーダーとなる二グループになって子供達を半分ずつに、それで担当を児童館近くと林の歩道回りにする作戦だ。
どちらかと言えば林の方が足場が悪く重労働になりやすい。なので、最初に俺が林側に行こうとしたんだけど。
「林方面は私がやりますので。拝山さんは児童館周りをやってください」
「え、でも、林の方がたいへ――」
「はぁ……あのですね? 児童館周りを除雪するって事は、屋根の雪を下ろしたり氷柱をどける作業もあるんですよ。だったら女より体力もあるし背も高い、おまけに雪花町生まれの拝山さんの方が外から来た私より手慣れてるのでは?」
ちょっと棘のある言い方ではあったが、影峰さんは合理的に適材適所で考えていた。そう言われればその通りだし、俺はそこまで思い至っていなかったので納得すると同時にちょっと恥ずかしい。
「わかっていただけました?」
「はい、ありがとうございます。影峰さんの体格だと大変ですよね」
「んな!? だ、誰がチビですってえ!!」
「そんなつもりは」
そこまでは言ってないし思っていなかったのだけど、影峰さんを憤怒させてしまったのは俺のミスだ。影峰さんは小柄なのを気にしていたんだ、今後は発言に気をつけねば。
「ふん! とにかくお願いしますね!! …………何よ、灰色髪の無表情男にちっちゃいなんて言われたくないわよ」
言ってはいない、そこまでは。
けど、今指摘したところで空気は悪くなるばかりだろう。俺は顔をぴくりともさせずに影峰さんを見送った。
とはいえ、何もせずにいるのは心苦しい。
そこで俺は、影峰さんのグループに入ったケンジくんをちょいちょいと手招きして近くに呼び寄せる。
「なんだい兄ちゃん」
「ケンジくんにお願いがあるんだ。実は、ちょっと影峰さんと仲良くなりたいんだけど、長い休憩時間を取るようならこっそり俺に教えに来てくれないかな?」
「ふーん、まあ別に良いぜそれぐらい。要するにあのちっちゃい姉ちゃんと話すチャンスがあったら教えろって事だろ!」
「……まあ、そうとも言うかな」
出来るだけ影峰さんに小さいっていうのは止めて欲しいが。
「おっけーだぜ兄ちゃん! 後でお菓子多めに渡してくれよ!!」
最後に要求だけ言い残して、ケンジくんはキャッキャッとはしゃぐように林へと走っていった。ちゃっかりしてる子供である。ああいうのは嫌いじゃない。
まあそんな事があったものの除雪作業は難なく進んだ。
一番元気なケンジくんがいなくとも、こっちの子供達も元気よく雪かきをしてくれている。そのペースは思った以上に早く、予想の二倍はありそうな雪の山が邪魔にならない端っこにこんもりとしていた。
いや、本当に頼りになるな。
さほど除雪しづらい雪質ではないとはいえ、子供の力だとキツい場所はしばしばあったと思うのだが。
「みんな、疲れてないかい? 腕や腰がだるくなってる人はいない?」
「いないよー」
「大丈夫でーい」
「お姉ちゃんがすごいから余裕余裕ー」
「お心遣い感謝です零斗様♡」
「そうか。疲れたらいつでも休憩を挟んでいいから…………ね?」
おかしい。今、おかしなところがあったぞ。
子供達の声に交じって、いるはずのない声が聞こえたような気がする。
「お姉ちゃんすごーい! 雪かき上手ー!!」
「えへへ、そうですよーお姉ちゃんは雪の扱いに関しては誰にも負けないんです♪」
なにやらやけに盛り上がっている子供達の方へと顔を向ける。
そこには、数人の子供達に囲まれながら楽しそうにしている大きな子供(?)が一人交じっていた。
その子は雪降り積もるこの町では希少すぎる着物姿で、裸足ではないもののこれまた草履的な履物で、青みがかった長い髪を携えたとんでもなく可愛い美人さん――――のはずなんだが。
なぜか、その顔はサングラスとマスクで隠れていた。
悪目立ちするってレベルじゃない。通報されかねない怪しい不審者が子供達と雪かきに興じていると思われて通報されてもおかしくないヤツだ。
「…………せ、セツカ? なんでここに……」
「あら、こんなにあっさり変装した私を私だとおみ抜きになられるなんてッ。さすが零斗様です♪ これも愛の力ですね♡」
質問には応えず、セツカがめちゃくちゃ嬉しそうに体をくねらせる。
ほんとにこの子は、何をしているんだろう。
「無表情のお兄ちゃん。このボランティアのお姉ちゃんと知り合いなんだ?」
「ボランティア……?」
俺が訝しげにしていると、横に来た不審者(セツカ)が耳打ちしてくる。
「ごめんなさい零斗様。家でお留守番をしていたのですが、時間が経つにつれていても立ってもいられず……お手伝いに来た親切な人間という体で、先ほど童たちに説明したのです」
「え、いや、そんなので信じてもらえたのかい?」
そんな違和感が半端ない恰好をしているのに?
確かに除雪作業をボランティアで手伝ってくれる人はいたりするが、それでどうにかなるものなのか?
「そこはアレです。私の力を持ってすれば詮無き事」
「あんだって?」
「童とは、素直に凄いと思った相手はすんなり受け入れるものです。つまりは、こう、このようにして」
セツカがその辺に積もっている雪場に手をかざす。
すると、仄かに青白い光が彼女の腕から積雪に向かってのびてゆき。
ボコボコボコ!
そんな音を立てながら、雪かきスコップで十回~二十回は繰り返さないと移動できないような量の雪が浮かび上がり。
「ほいっと♪」
ひゅーんと軽快な感じで、後で除雪車に処理してもらうどけた雪の溜まり場まで飛んで行った。コレには俺もあんぐりである。
「どうですか零斗様♪ セツカはお役に立つ女ですよ」
褒めて褒めて♪ とねだる子犬のように頭を押し付けてくるセツカ。
いや、確かにすごいし役に立つかもしれないけど……これ、大丈夫なんだろうか。というか子供達に思いっきり氷女の力を見せてしまってるんだけど、正体がバレるとかマズイんじゃなかったの?
そんな心配ばかりが湧いてきたが、当の子供達と言えば。
「すごーーーーーい! お姉ちゃん魔法使いみたーい!!」
「ふっふっふー、そうですよーお姉ちゃんの氷の魔法使いなのです。えっへん」
何も気にしてなかった。
なんだこいつと怪しむ素振りもない。純粋な子供達で良かったというべきか、もっとツッコミどころがあるんじゃないかと教えるべきか、悩む場面だ。
「お姉ちゃんは無表情のお兄ちゃんと仲良しさんなの?」
「んんー、今はすごい仲良しさんになろうとしてるところですね」
「それってどんな関係?」
「あえて言うなら、一生添い遂げることを前提とした恋人です♪」
こら。
なんだそれは初耳すぎるぞ。
そもそも仲良しになろうとしてるのに恋人とは何なのか。
「まだ何もしてない、的な?」
「ですねぇ。残念ながら同じお布団で肌を重ね合わせたぐらいで、それ以外はまだです」
「お、大人だぁ……。あと無表情のお兄ちゃんはそこまでしてるのに仲良しですらないとかサイテー」
待て待て。ほんとに待って。
なんかトントン拍子で差しさわりのない会話がマズイ方向に転がってるから。
「みんな。ちょっと休憩、休憩にしよう。そうだ、何か温かい飲み物を買ってくるよ、何がいいとかあるかな」
「では、あったかい零斗様のミルクたっぷりなカフェオレを♪」
そんなものは売っていません。
そう突っ込む間も惜しんで、俺は子供達からあったかいお茶やコーンスープなどのリクエストを受けつつ、一旦セツカの手を引いてその場から逃げたのだった。
◇◇◇
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