≪最初の恩返し≫③:正直な子供とトゲのある大人
「よお零斗、おはようさん」
「おはようございます青木先輩」
三階建ての町役場。
その玄関口で青木先輩とばったり会った。いつもは俺のほうが若干出社が早いので遭遇することは珍しいのだが、今日はセツカと話した分だけ遅れたからだ。
「どうしたどうした、いつもクソ真面目に早く出社してたお前がこんな時間に来るなんてよ。昨日遅くまで残業してた疲れでも残ってるんじゃないだろうな?」
「そんなことはありません。むしろ元気が有り余ってるくらいです」
実際、不思議なぐらいに体調は悪くない。
昨日は残業だけではなく、セツカと出会って遅くまで話し込んでいたというのに、体は快調そのもの。いつもより調子がいいと感じる程だ。
「へえ、もしかしてコレか?」
小指を立てたジェスチャーは「女か?」と聞いてるのと同義だ。
ただ、セツカは女の子ではあるがそのジェスチャーの意味にそのまま含めていいものなんだろうか。
『それが、昨夜に伝説に出てくる氷女が俺を尋ねてきたんです。それで恩返しがしたいって言ってきて……信じられます?』
などと浮かんできた冗談交じりのトークは、俺自身がすぐに打ち消した。
そもそもそんなことを言うべきじゃない。セツカの存在は安易に言いふらしていいようなものではなく、もし彼女が氷女であるなんてバレて、さほど大きくもないこの町に噂が広まりなんかすればどうなることか。興味本位どころか様々な分野の人間が彼女を研究したがるなんてSFな事態は考えたくもない。
結局は、無難な対応をするのが最善だろう。
「そんなんじゃないですよ。ちょっと遅くまで起きてたせいで、朝がゆっくりになっただけです」
「なんだつまらん。まあでも元気が有り余ってるなら、今日は人一倍励んで昨日の汚名を返上するチャンスだな」
「はい?」
二回にある自分たちの部署。通称なんでもやる課に到着した際、青木先輩はガハハハと豪快に笑い飛ばしながら今日の業務について改めて教えてくれた。
「今日は昨日と同じ。児童館で子供達と楽しくお遊びに雪かきのおまけ付きだ! 人手は足りないから女性職員も応援に駆けつけてくれるぞ。ちったあ男らしく頼れるところを見せてやろうぜ」
「……そうですね、頑張りましょう」
一年の大半が雪に覆われる雪花町では、雪かきはごく日常的な作業だ。
体を使った重労働なのであまりやりたがらない人も多いが、サボればサボった分だけ生活が不自由になるから困る。
除雪車には大いに頑張ってもらいたいが、大きな道路はともかく、そこかしこに積もり積もった雪の多くは人力でなんとかするわけで。
なんでもやる課を謡っている以上、避けては通れない大事な仕事と言えよう。
考えようによってはコミュニケーションが下手な俺に向いてるかもしれない。
「子供達も手伝ってくれるそうだから、なるべく退屈させないように監督してやってくれな?」
「え……」
前言撤回。
今回に限っては、あまり俺に向いていないかもしれない……。
コレは、帰りが遅くなるか。
そう予想した俺は、後でこっそり自宅にいるであろうセツカに連絡したのだった。
家電にかけた後に気づいたのだが、セツカが電話の使い方を知っているのか。そもそも家電に出るのかどうかが頭の中から抜けていた。
だけど、セツカはちゃんと電話に出てくれたのでセーフだ。
「――そんなわけだから、少し帰りが遅くなるかもしれないんだ」
「わかりました、なんの問題もございません。わざわざご連絡していただいてありがとうございます。えーと、児童館のお仕事頑張ってください! 私も応援しておりますので」
「うん、ありがとう。それじゃあまた」
通話を切って、ふぅと一息吐く。
……あんな素直に応援してもらえたのは久しぶりだった。
単純な自分としてはやる気が出てくるというものだ。
「……よし」
やるぞー!!
心の中では気合十分に。外見的には腕をぐっと上に上げて。
無表情な俺でも、やれることはやろうと改めて活を入れるのだった。
◇◇◇
幸いというべきか。
昼食を取ってからの空は晴れ間が覗いていた。
延々と雪が降り続ける中での除雪作業は本気で終わりが見えない事もあるため、ツイている。
それでも、自然公園にある二階建ての児童館とその周辺に積もった雪は一人二人でどうにか出来る程の量ではない。この辺りの地域では場所によって一~二メートル以上の高さで雪が積もるのも珍しくはなく、雪の少ない地域から来た人はよく驚いている物だ。
かくいう俺もこの町から長い間離れていたクチなので、久々に目の当たりにしたときは懐かしさと同時に辟易もしたっけ。
「よし! それじゃあ皆、準備はいいか?」
「おおーー!!」
指揮を執る青木先輩の元気のいいかけ声に、集まった職員や子供達が負けないぐらいの返事をする。特に子供は楽しそうなもので、内心げんなりしているであろう大人達とはやる気も違う。
彼らにとって雪かきも遊びの一種。誰がどれだけ多くの雪を運ぶのを競争するのも楽しいし、雪かきが終わった後はご褒美として温かい豚汁やお菓子の詰め合わせが待っている。この食べ物の効果は絶大で、働きっぷりによってお菓子が豪華になると喧伝されれば、めんどくさがる子供もすぐさま立派な戦力となる。
現に、職員達と同様にスノースコップやラッセル等を装備した彼らのなんと頼もしい事か。おそらく単純な体力だけなら大人より上だろう。大人は大人で技術と経験でその差をカバーする事でお互いに助け合いながら除雪を進めていくわけだ。
「よし。それじゃあ皆、いっちょ頼むわ。ところどころ雪が溶けたり凍ったりしてる時もあるから注意は忘れずに。とにかく安全に、怪我のないようにな」
「はーい!!!」
「うしうし。それじゃあ担当分け――もといチーム分けと行こうか。全部で四班の、一班が多くて10人で、うまい具合に戦力を均(なら)すと――よし、零斗!」
「はい」
「お前は影峰さんとペアになって、児童館の東側を頼む。やり方は任せる、仲よくやれよ」
「え」
予想外の組み分けに、小さな驚きが漏れてしまった。
影峰さんとは、昨日俺のことを良く思っていない発言をしていた女性職員さんだったからだ。
他部署で接点は少ないが面識がないでもない。そんな年の近い同僚ではあるが、昨日の会話でどう思われているかが分かってしまっているわけで。
青木先輩の「仲良くやれ」を額面通りに受け取ると、中々ハードルが高い。
お世辞にも俺は好ましい相手ではないのだ。
町役場だと密かにファンは多いんだけどな。あの眼鏡の奥で光るツリ目に睨まれるとゾクゾクするらしい。ちょっと口が軽くて、思ったことを口に出してしまうのが玉に瑕。
この辺は青木先輩がいつぞやの飲み会で酔っ払いながら教えてくれたものだ。
「…………」
「どうした静かになって。いや、お前が静かなのはいつものことだが」
「いえ……」
ココで影峰さんとのペアは微妙です、とは言うまい。
そうするぐらいなら微妙な関係を良くするチャンスだと考えた方が良いじゃないか。
ポジティブに考えた俺は、少し離れたところに待機していた影峰さんに挨拶しに行った。
「影峰さん。今日はよろしくお願いします」
「……よろしく」
ちょっと「やだな~」と感じている事が伝わる無愛想な態度ではあったが、完全に無視されるわけではない分、良い方である。俺と接するのが本当に億劫になった
場合、いないものとして扱われることは今までに何度もあったのだから。
「みんなもよろしくね。頼りにしてるよ」
「へへっ、任せときな。無表情の兄ちゃんよりずっとずーっと役に立ってみせるぜ!」
俺の班に入った子供達のグループ。その中で最もガキ大将っぽさのある少年、ケンジくんがなんとも頼れそうな反応をしてくれる。
うん、子供はそれぐらいがいい。元気なのが一番だ。
「それじゃあ児童館の東側に移動しよう。皆、雪かき道具は持ったかな? 今日は天気が良いぶん雪も溶けて除雪しやすいけど、逆に滑りやすくなってたり思わぬところに危険が潜んでる時もあるから、十分注意して雪かきしよう」
「「「はーーい!!」」
「……慎重すぎない? めんどくさ」
ぼそっと口にした影峰さんの言葉は、すぐに子供達の賑やかな声にかき消される。その時の俺は、さほど気にせずにしていなかった。
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