≪最初の恩返し≫②:寝床・食事・出発(後半)
食べ方の手本になるかなとちょっとだけ思いつつ、俺は目玉焼きをトーストの上に乗せて大きくバックリと一口。有名なアニメ映画で少年少女が地下坑道でパンに目玉焼きを乗せたものを食べるシーンのようにやってみせる。
「こんな感じ」
お行儀は良くないので、毎回こう食べるわけではないがこう食べるのが一番美味しい食べ方の一つではないだろうか。
「こう、ですか?」
俺を真似て、セツカがトーストの上に目玉焼きを乗せる。
さすがに大口を開けたりはせずに慎ましい一口。おそるおそるといった感じだったが、はむっと目玉焼きトーストを頬張った瞬間。
「んんっ!」
彼女の青白い宝石のような瞳が、くわっ! と見開かれた。
「こ、これは……はむ。もっちりとした触感と程よい甘み、それにしょっぱさと辛みが見事に合わさったタマゴの味が混ざり合って……す、すごい! コレはすごいですよ零斗様! コレはなんという料理なのですか!?」
「えっと……目玉焼きトーストかな」
「目玉焼きトースト! すごい美味しいですこれ! 零斗様は料理の天才だったりするのでしょうか!?」
セツカ大興奮である。
目玉焼きトーストひとつでこんなに感動と喜びを表現してくれる人には、さすがに出会ったことが無い。
見てるこっちが嬉しくなるリアクションだ。
そこに氷女から連想させる冷たさは欠片もない。今更ながらこの子は、氷女じゃなくてどこぞの訳あり女子だったりするんじゃなかろうか。
そう思う程に。
「セツカ」
「もぐもぐ……?」
「実は、その朝ごはんにはもう一段階上があると言ったら、信じるかい」
「もぐ……もぐ!?」
モグラのキャラのようなイイ反応をしてくれたセツカに気を良くして、俺は冷蔵庫に眠らせていた食材を取り出してフライパンで軽く焼く。
なんてことはない。
どこにでも売っていそうなベーコンだ。
けど、これが目玉焼きトーストのランクを上げる材料となりうる。
じゅうじゅうと美味そうな音を立てるベーコンをカリッとするまで焼いて、そのまま直接セツカの食べかけていたトーストに投入する。
これだけで目玉焼きトーストは、ベーコン目玉焼きトーストにパワーアップだ。
さらにケチャップを適量振りまいて……俺はもう一枚用意したトーストで、挟んだ。
ゴクリと、セツカだけではなく俺の喉が鳴る。
彼女に至っては期待に目が輝いていた。
「あったかい内に召し上がれ」
「こ、こんなものが、人里にはあふれているとでも…………?」
すごいオーバーリアクション。まるでコントのようだが、セツカは至って大真面目である。俺は、若干おふざけが過ぎてるかもしれないが。
――ぱくっ。
明らかに最初よりもセツカが大きく頬張った。
この瞬間、少女の口の中では様々な食材が作り出す温かくて香ばしいハーモニーが奏でられているのだろうか。
さて、そのご感想は。
「……聞くまでもないか」
夢中になって食べている様子を見れば、どう感じているかなんてわかりやすすぎる程にわかってしまうのだから。
◇◇◇
それから朝食の片付けと出勤準備を終え、家を出たのだが。
「セツカはどうするんだ?」
後ろにぴったり付いてきている彼女に問うと、キョトンとされてしまった。
「ウチに居たいなら留守番をしてもらってもいいけど、行く当てがあるのかな」
「私の行くべき場所は、零斗様の居る場所に決まっておりますので!」
「まさか、職場まで付いていこうとしてるんじゃ」
「行く先がどこであろうとお傍に控える所存ですよ?」
あまりにも「え、当然ですよね?」と言いたげな言動を胸を張ってされると、若干どころかかなり悩ましい。
というか、よくよく考えてみればアパートの廊下でこんなやり取りをしている時点で誰かに見られるのはあまり良くないのではないか。
「氷女は人間に姿を見られたらダメとか、そういうルールがあったりしないの?」
「基本的にダメですね」
ダメなんかい。
「…………あの、キミは既にそのルールを破ってるんだけど、それについては?」
「零斗様は特別です! そもそも恩返しをするにあたって、あなた様に姿を見られずにやるなんて普通に考えて不可能ですし」
なんだろう。
セツカの気にしてる部分と俺の気になる部分が、微妙にズレてるような気がする。これも一種のジェネレーションギャップなのだろうか。
とにもかくにも、である。
人間に姿を見られるのがダメというのであれば、例え俺が特別だろうとセツカが付いてくるのはよろしくない。
なんといっても彼女は非常に目立ってしまう。
この降り積もった雪と寒さに満ちた町で、花の模様が入った白い着物ひとつで手袋もマフラーもしてないどころか靴も履いてない。そんな少女がその辺を歩いていたら悪目立ちどころの騒ぎじゃないだろう。
しかも町役場まで来るとなれば……面倒ごとからは逃げきれまい。
「うーん……」
「どうされましたか」
「やっぱりセツカにはウチでお留守番してもらうのがいいかな、と」
「えええええ!!?」
心底驚いている声が、廊下に張られた防寒シートもあって廊下内に響き渡った。しまった今誰かに見られたりしてたらアレではなかろうか。
そんな俺の心配を余所に、セツカが食って掛かってくる。
「そんな殺生な! 私は、いつでも! どこでも! 零斗様の傍にいたいのに!!」
「その気持ちはありがたいけど」
心配な物は心配なのだ。
「……あのね、こう言ったらなんだけど。俺はあまり評判が良くない人間なんだ」
「はぁ?」
「セツカもとっくに気づいてるだろ。俺は……表情が無いんだ。言うなれば冷たい無表情が貼りついてる、感情も希薄な喪失人間なんだよ」
生まれつきではない。
ただ、小学生の頃に起きた遭難事故以来、俺の表情は無くなってしまった。死んでもおかしくない状態から復活できたのは幸運だったけれど、代わりに失ったものは未だに取り戻せていない。
医者もさじを投げた原因不明の後遺症は、社会に出た今でも俺を苦しめている。
心の中ではあまり変わらずに笑えるし、泣きもしてるはずだ。
けれど、その感情が表に出ることはない。少なくとも十何年という月日の間は、そうだった。
……だから、周囲の俺に対する評判はすこぶる悪い。
笑顔で挨拶しても常に関心がないようにムスッとしてるようなヤツに対して、好感を抱くなんて誰だって難しいだろう。
青木先輩のように気にかけてくれるのは珍しい。
昨日、自販機に向かった際に陰口を叩いていた女性職員達のような人の方が多いのが普通だ。
「…………ごめんなさい」
しまった、と思った時にはもう遅い。
俺の話を聞いたセツカは、辛そうに太陽の様な笑顔を曇らせてしまっていた。
そんな顔をさせるつもりじゃなかったのに。
「セツカが謝ることじゃないよ」
「…………辛い話をさせてしまいました」
「ごめん、ごめん。キミを落ち込ませたかったわけじゃなくて、えっと……つまり俺も悪目立ちしやすいタイプだって伝えたかったんだ。セツカがちゃんとしてても、俺のせいでキミが良くない風に見られるかもしれないからって」
「そんなことはありえません!! 零斗様はいい人です! 絶対に!!」
「…………いい人は嫌われたりしないよ」
「いいえ、いいえ。周りの人間は零斗様を誤解していらっしゃいます。不運なことにそのお人柄に気付けていないのです。こんなにも温かな熱を持つ人は滅多にいないのに!」
「そこまで言ってもらえるような立派な物は、俺にはないよ」
「あります! だって、だって零斗様は――――」
気持ちに口が追い付かなかったのか。
セツカは不満気かつ、もどかしそうに口を引き結んだ。
なんとなくではあるものの彼女の想いが伝わったのか。
変だな。
俺は今、少しだけ『嬉しい』と感じている。
「…………ごめん、ナーバスな話になってしまった」
「そんな、ことは……」
「事情はアレだったけど、単に今日はお仕事に行く日ってだけさ。そこにセツカを連れて行くのは難しい。別にキミと一緒なのが嫌なわけじゃないんだ」
そこだけは分かってくれるね?
そう念を押すと、セツカはとてもゆっくりと頷いてくれた。
「今度の」
「……?」
「今度のお休み。たっぷり時間を使って、もっとお互いにちゃんと話をしよう。セツカの気が進むなら雪花町を見て回るのもいいかもね」
「そ、それはつまり…………」
たっぷりと間を溜めて、セツカは感激の声を上げた。
「逢引きですか?!!」
「あ、逢引き? ……うーん、間違ってはいないんだろうけど、それを言うならデートの方がまだ近――」
「デート! デートですか!! 零斗様が私の事をデートに誘って……ッッッ」
あれ。
何やら意図しなかった方向に話が進んでいるような。
……まあ、困ることもないからそれはそれでいいか。
少しだけ、ほんの少しだけ、胸の奥がむず痒いけれど。ちょっとだけ恥ずかしくもある。お出かけに異性を誘う機会なんて、大してなかったからだろうか。
「かしこまりました零斗様! セツカは零斗様の後ろには控えず、明日を心待ちにさせていただきます」
「……うん。じゃあウチの鍵のひとつをセツカに預けておくよ。もし出掛けるようなら戸締りだけは頼むね」
「か、鍵!? 零斗様が私なんかにおうちの鍵を……これは完全に信頼の証ですね!」
「まあ、そうなのかな……?」
「ありがとうございます、大事にします!!」
「うん。それじゃあ、行ってきます。今日はなるべく早く帰ってくるから」
「いってらっしゃいませ♡」
完全に笑顔を取り戻したセツカに見送られて、ようやく俺は町役場へと向かった。
だが、アパート前の道を少し進んだところで「零斗様~~~!」と声がかけられる。
振り向くと、アパートの二階からセツカが手を振っていた。
「お見送りの接吻をし忘れました~、不覚です~。お許しいただけるなら今からしに参りますが~~~!」
「…………ぉぉ」
そんなサービス宣言は求めちゃいないし、予想外が過ぎる。
俺は手のひらで顔を覆いながら、離れているセツカにもわかるように首を横に振って見せた。
なんでそこまで尽くそうとしてくるのか。
謎だ。分からない。氷女にとっては当たり前の文化なのか?
そんな疑問を抱きながらも。
普段よりもかかってしまった出発の時間を取り戻すように、俺は町役場へ急いだ。
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