幕間:セツカの初夜

 夜分。

 ワアワアと寝床に関しての言い争いを繰り返している内に、先に妥協したのは私の方でした。

 セツカはとにかく「同じお布団で寝る!」と主張したのですが、何の都合が悪かったのでしょう。零斗様は「それはダメ」の一点張りでした。


 いけずです。

 こんなにもお慕いしているのに……これでは恩返しが上手くできません。

 ただでさえ零斗様はお仕事でお疲れなのに、私が疲れさせてしまっては本末転倒ではありませんか。それはいけません。


 だから一緒に寝るのは諦めました。

 

 表向きは。


 彼は立派なベッドも私に譲ろうとしてきました。そのお気持ちは大変嬉しくて飛び跳ねてしまいそうでしたが、それで零斗様が満足に休息できないのは問題がありあリです。

 お客様用のお布団で寝るのは、さすがに頑として譲りませんでした。


 そもそも私はおうちに入れれば床で。そうでなければ外の適当なところで夜を明かすつもりだったので、これでも十分すぎる扱いと言えましょう。


 彼は厳しい冬の寒さとは対照的にあたたかな春のように甘く優しい御方。昔と変わらずとってもいい人です。

 表面しか見れない他の人には分からないでしょうけど、胸の内はとても感情豊かに色々な気持ちが湧いては消えたり、湧いては合わさったりしているのです。

 ああ、なんて人間らしいのでしょうか。冷たい氷女とは大違いです。


「零斗様」


 ぼそりとお耳の近くでお名前を呼んでみます。

 返ってくるのは規則正しい寝息だけ。その前は緊張とドキドキによって寝付けなかったようですが、やっぱり疲れていらっしゃったのでしょう。


 好機です。


「…………失礼します」


 起こさないよう、慎重に。けれどお身体が冷えないように素早く。

 セツカは零斗様の寝床へと侵入しました。

 

 次の瞬間、とてつもない感動が私を襲います。

 これは……なんて心地のよいぬくもりなのでしょう! ポカポカのぬくぬくです。油断したら引きずり込まれそうな熱が、ちょっと侵入しただけで全身を包んできました。


 なんという至福!

 ずっとこうしてたい……。


 ――

 ――――

 ――――――――


 はっ、いけません。やるべきことをやらなければ、セツカは只のアホな子になってしまいます。


 零斗様は壁の方を向くように横になっています。

 本当なら正面から事に及びたかったのですが……仕方ありません。背中で我慢することにしましょう。


「ん、しょ」


 布団の中にいる状態で、一張羅の着物をしゅるしゅると脱ぎます。

 より正確には前だけをはだけさせるような形です。本来なら零斗様に見てもらい、お互いの肌をまんべんなく重ね合わせれば色んな意味で話が早いのでしょうが……この人はきっと強引な手段は好まないでしょうから。

 

「そーっと……そーっと……」


 なのでココは内緒の隠密行動です。

 前面だけを露出した状態で、零斗様の思ったよりもたくましいお背中にぴっとりくっつきます。


「んっ」

「!?」


 零斗様のお声に、この時の私は超びっくりしました。

 心臓がバクバクしています。だって、もしもこんなことをしているのがバレてしまったら作戦失敗。一からやり直しになるのです、それはダメ!


 しばらく身じろぎひとつせず、そのままの態勢をキープします。

 一旦身体を離す選択肢もありましたが、離れた上に起きられては台無しすぎます。


 ドキドキ……ドキドキ……。


「……すぅ」


 ホッ。

 どうやら起きたわけではなかったようですね、良かった良かった。

 それにしても零斗様。なんて可愛らしい寝息。セツカはちょっぴりトキめいてしまいましたよ。


 さて。

 ひとまずコレで準備は万端です。


 あとはこのまま、このまま……。

 このぬくもりが、命の熱が漏れることなく伝わるようにギュッと密着して、と。


 はぁ~……こうしてると、とても気持ちいいです。

 服越しでこれなら肌と肌ならどうなるんでしょうか。

 それ以上は? もう、どうにかなってしまうかもしれません。


 今でさえ、この熱がとても愛おしい。

 鼻先をくっつけてスンとすると、より零斗様の匂いを感じます。

 いい匂い……人間の男の人はみんなこうなのでしょうか。ううん、きっと零斗様だからですね。


 我慢できなくなって、両手をそっと前に回してみます。

 呼吸の度に動く胸のリズムがいい感じです。……むむっ、こっちも意外とたくましい? 私は胸がある方ですが、力強いわけではありません。こうも違うとは……やっぱり知識と実物では大違いです。


 あの頃とは大違い。

 立派になったんですね。

 …………ならばこそ、恩返しのし甲斐があるというもの。



 ああ――叶う事ならば――。



「どうかずっと、お傍に……」



 我儘なお祈りをしながら、こうして私は、

 ようやく彼と一緒に、初めての夜を過ごしたのです。

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