南雲 旭

気に入らねえ

 気に入らねえ奴がいる。

 東条睦月。

 この前の練習試合では、俺よりも得点を決めた奴。

 このサッカー部のエースストライカーは、この俺なのに!


「よっ、旭!」

「南雲先輩だ! この野郎!」

 敬語が使えない。俺は先輩だ、もっと敬え。

 大体、部長の寿が甘過ぎるんだ。

 俺がこのことを注意すると「今はそんな時代じゃないしな。好きに呼ばせてやれよ」なんて言いやがった。上下に厳しそうな水瀬にも言ってみると「別に、実力は睦月の方が上なんだから仕方がないじゃない」とムカつくことを言われた。

 俺が睦月の下だって⁉ 冗談じゃねえ!

「今日はミーティングからだって。地区大会の話とかするんかな」

「知るか。敬語使え、アホ」


「すまん。初戦、白銀学園引いちまった……」

 寿は戦う前から負けたような声で言った。

「別に大丈夫よ。どうせいつかは倒さないといけない相手なんだし」

 水瀬は「偵察ノート」と書かれたノートを開きながら、パソコンを操作し、画面をホワイトボード上に映した。

「白銀学園は守備が強いチームよ。注意すべきはDFの柴田、MFの山口ね」

 水瀬は偵察ビデオで、その選手を映す。

「そのビデオ、何処から入手したんだ?」

 霧谷が水瀬に聞く。

「応援団で白銀学園に行った時があるのよ。その時に、いつか役に立つかと思って、出来る限りの部活の練習風景は撮ってきているわ」

 白銀学園は地区の強豪と言っても過言ではなく、練習風景からも、それは窺われた。

 きっと、うちと違って上下関係もしっかりしているだろう。

「相手は私達を弱いと思って、きっと油断してくるわ。そこを突く」

「そうと決まったら練習だな!」

「ちょっと待って。今回は自己分析をやってみるわ」

 水瀬は一人一冊ノートを配った。

 俺は早く体を動かしたかったが、文句を言うのもあれだったので黙って従った。

「レベルアップを目指すなら毎日、漠然と練習していてもダメよ。自分を客観的に分析し目標を立てましょう。まずは他の選手と比べて自分が優れている点、劣っている点を書き出してみて」

 俺が優れている点か。ボールキープ力は結構イケてると思うんだが。

 逆に劣っている点は? 

 俺は睦月を見る。水瀬は俺より睦月の方が優れていると言った。確かに、江の島西との練習試合では睦月の方が多く得点した。俺は、ゴール機会はあったが決められなかった時を思い出した。劣っているところは大事な部分での決定力か。

 目標は睦月に勝つことにした。

「部としての短期目標は、まず白銀学園に勝つこと。そして地区大会優勝、果ては全国優勝よ。目標は大きくいきましょう」

「「「「「おお~~‼」」」」」

「それとスケジュールも立てるわよ。一日の中で自主練が出来る隙間時間を見つけて。睡眠時間は7~8時間は確保してね」

 俺は朝にジョギング、帰りもジョギングを追加した。

「朝の時間を活用していて良いわね」

 水瀬に褒められた。

「朝かあ。俺、朝苦手なんだよなあ。でも旭がジョギングするってんなら、俺もやろうかな」

「おい、付いてくんなよ。お前一人で勝手にやれ」

「え~~~、いいじゃん。一緒にやろうぜ」

「嫌だ」

 何で俺が、こいつのお守りをせなならんのだ。

「どうせならFW皆でやろうぜ! なっ、知昭!」

 睦月が槙にまで声をかける。

「えっ、俺も? まあ別にいいけど」

「じゃあ明日朝、俺ん家集合な」

「お前ん家知らねえよ!」

「じゃあ今日の帰り寄ろうぜ」

 変な流れが出来てしまった。

「後は食事ね。肉、野菜、魚、バランスよく摂ること」

「「「「「はーーい」」」」」

「さっき配ったノートには練習や試合の他、テレビで見聞きしたことも書いてね。毎日、何かしら書くこと!」

「「「「「はーーーい」」」」」

「じゃあ、ミーティングはこれで終わり! 練習するわよ!」

「「「「「はーーーい」」」」」

 俺達は部室からグラウンドに移動した。

 アップの後、FWとDFが水瀬に集められた。MFは寿主導でドリブル練をする。

「白銀学園はFWに徹底的なマークをしてくるわ。そのマークを振り切るための練習よ。FW対DFで紅白戦をやるわ」

DFの霧谷、笹森、松野、キーパーの坂田VS俺と睦月、槙のFW。

俺がボールを持ってスタート。

すぐに霧谷が俺とマッチアップした。

霧谷は俺からボールを奪おうと足を伸ばしてくる。

俺はボールを奪われないようにドリブルしながら進む。

パスを出そうにも睦月には笹森が、槙には松野がマークに付いていて、出せない。

ここは俺が一人で行くしかねえ!

「サイドに広がって!」

 水瀬が睦月と槙に指示を出す。

 知ったことか、俺が決める!

 俺はドリブルを加速させるが、霧谷も付いてくる。

「旭!」

 睦月が抜け出したが無視する。

 俺はボールキープを何とかし続けたが、ゴール手前、霧谷にボールを奪われてしまう。

「ちょっとストップ!」

 水瀬が笛を吹いて、プレーを中断する。

「南雲、あんた何で睦月にパス出さなかったの? 見えてたでしょ?」

「俺は一人でも決められる!」

「ボール奪われてたじゃない」

「それは……」

「白銀学園のDFは霧谷よりも強力よ。FW間の連携が取れてないと勝つことは難しいわ」

「そうだぜ、旭! 俺にもボール回せよ」

「そうよ。あんた達、さっき言ってたでしょ、明日から朝ジョギングしなさい。コーチ命令よ」

「え……」

「OK! やるぜ!」

「コーチ命令なら仕方ないですね」

「ちっ、何でお前らなんかと……」

「南雲、チームメイトとの仲をもっと深めなさい。それが良いプレーにも繋がるわ」

 気に入らねえ。

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