悪くはないんじゃないかな

「どうだった?」

「ダメだった」

「そっか」

 霧谷は、さほど気にはしてない風に言う。

「なあ、一年生は誰か知らない?」

一年生は四人いる。

槙 知昭(まき ともあき・FW)

松野 光央(まつの みつお・DF)

田所 誠志郎(たどころ せいしろう・MF)

島本 大輝(しまもと だいき・MF)


 槙が「あっ」と思い出したように言う。

「同じクラスに東条睦月(とうじょう むつき)って奴がいるんですけど、そいつが川原でボール蹴ってるの見ました!」

「でかした! で、その睦月ってのは何処にいる?」

「何か変な同好会みたいなのに入っていたような……」

「変な同好会って何だよ」

「いや、そこまでは知りませんけど」

「じゃあ川原の方、行ってみるか! 今日もいるかもしれないし!」


 寿と霧谷、坂田の幼馴染組と槙は川原へ向かった。

「睦月君、調子いいねえ!」

 川原には東条睦月と一人の男性がいた。

「みみみ水瀬 一(みなせ はじめ)えええええ!」

 そこには元日本代表の水瀬一もいたのだ。正直、東条睦月なんて、どうでもよくなる。

「サイン下さい!」

「俺にも」

「俺も」

「はいはい、いいよ~。並んで」


 サインと自己紹介が一段落したところで、霧谷は一に問う。

「何で、こんなとこにいるんですか?」

「だって、ここ僕の故郷だし」

「えっ、この辺出身だったんですか⁉」

「うん、中学も江の島東だよ。サッカーはクラブチームの方でやってたから部活には入ってないけどね」

「そうなんだ~。すげえ!」


「で、お前ら、何?」

蚊帳の外にされていた睦月が寿達を見て言う。

「そういえば、名乗ってなかったっけ。俺らサッカー部なんだけど」

「サッカー部?」

「単刀直入に言う! 頼む! サッカー部に入ってくれ!」

「いや、俺はギリシャ神話同好会に入ってるから」

「あ〜、変な同好会」

「ギリシャ神話を馬鹿にするな」

「いや、馬鹿にはしてねえんだけど」

「兼部でもいいからさ」

「俺は……」


「あっ! 睦月、いたー!」

 声のした方を振り返ると、土手の上に車椅子に乗った少女がいた。

「美月(みつき)……」

「どういうご関係で?」

「俺の双子の姉」

「車椅子じゃ降りられないか」

「じゃあ、俺帰るんで」

「あっ、ちょ、待って」

「睦月、いいの?」

「いいんだよ」

 睦月は美月の車椅子を押して帰って行く。

 残された寿達は一に話を聞く。

「どうして東条睦月にサッカーを教えてたんですか?」

「教えてたって訳でもないんだけどね。見てただけで」

「あの水瀬一にサッカーを見てもらえるだけでも、すごいことですよ!」

「えへへ、ありがとう」

(水瀬一って、こんな風に笑うんだ)

 寿は身近に日本代表がいることが、まだ信じられない。

「じゃあ、時間もあるし、君達の練習も見てあげようか?」

「え、いいんですか⁉」

「いいよ。母校の後輩達のためだし」

「じゃあ2on2で」

 寿と槙、霧谷と坂田に分かれて簡単な試合を始める。

 攻め側の寿が槙とドリブルをしながら進んでいく。

 霧谷が槙からボールを奪い、ドリブルで進む。

 途中、寿と接戦になり、ボールを奪われる。

 寿はすぐに切り返し、ロングシュートを放つ。 

 坂田はそれを受け止める。

「こんな感じですけど」

「うん。悪くはないんじゃないかな」

「ということは良くもないと」

「まずドリブルだけど、常に相手の動きを意識すること。槙君が霧谷君にボールを奪われた時だけど、腕を上手く使ってガードすればボールを奪われなかったかもしれないよ」

「腕かあ、やってみます」

「で、寿君がロングシュートを撃った時だけど、ちゃんとキーパーの位置を確認した?」

「あっ、いえ、何か行けるかなって思って撃ちました」

「ロングシュートはキーパーの位置をよく見て、隙を狙ってボールコントロールをしっかりしないと決まらないものだよ」

「わっかりました!」


 空が暗くなってきたところで一と別れて、四人は帰途に着いた。


 睦月の家。

 夕食を食べ終え、食器を洗っている睦月に美月が声をかける。

「サッカーやりなよ」

「俺はギリシャ神話同好会が……」

「兼部すればいいじゃん」

「でも」

「本当はやりたいんでしょ、サッカー」

「俺は……」

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