上司の命令は絶対

三鹿ショート

上司の命令は絶対

 私が属している組織において、上司である彼女の命令には従わなければならなかった。

 そうしなければ、組織にとって不要と見なされ、外部に情報が漏れることを避けるために、地下室で処理されてしまうのである。

 組織が生まれた当初は女性である彼女に顎で使われることに対して反感を覚え、逆らっていた人間は多かったが、今では皆無だった。

 それほどまでに、人々は彼女のことを恐れているのである。

 だが、彼女の命令に従っていれば、それ以外は比較的自由だったために、職場としては悪くなかった。


***


 今日もまた、彼女の命令で店へと向かった。

 代表から売上金を受け取ろうとしたが、相手は首を傾げながら、

「昨日、受け取りに来たではないですか」

 そのような話を、私は聞いていなかった。

 同時に、それは彼女もまた知らないということになる。

 知っていたのならば、再び売上金を取りに行かせるような無駄な行為に及ぶことはないからだ。

 組織に戻り、彼女にそのことを報告すると、明らかに彼女の機嫌が悪くなった。

 眉間に皺を寄せながら全ての人間を呼び出すと、一人一人の顔を見つめていく。

 ほとんどの人間は事情を知らないために緊張した面持ちだったが、中でもとある男性だけは、大量の汗を流していた。

 その態度に違和感を覚えたのは私だけではなく彼女も同じだったらしく、その男性を連れて別室に向かった。

 やがて戻ってきた彼女は、赤く染まった手巾を塵箱に捨てながら、

「彼は、私の命令だという言葉を使い、私腹を肥やした。即座に逃亡すれば怪しまれると考えたために留まっていたらしいが、それが裏目に出たようだ」

 彼女は椅子に座り、脚と腕を組みながら告げた。

「今後、同じような事態が発生した場合、このような目に遭うことを憶えておくが良い」

 彼女が指を鳴らすと、別室から台車を押す人間が姿を現した。

 先ほどの男性が変わり果てた姿で台車の上に存在しているのを見たためか、嘔吐する人間が数人ほど現われた。

 その光景を見て、同じ真似に及ぼうとする愚かな人間は存在しないだろう。

 しかし、私は異なっていた。

 先ほどの男性は露見することがないようにするための努力を怠っていたために、哀れな末路を迎えたのだ。

 だが、それを徹底すれば、私のような下っ端でも豊かな生活を送ることができるのではないか。

 彼女が知るところとなった際の危険を思えば避けるべき道なのだろうが、組織から抜け出すこともできずに安い給料でこのまま働き続けなければならない私の立場を知れば、誰も責めることはできないだろう。

 そもそも、この組織は悪事によって利益を得ているために、売上金を奪ったところで文句を言われる筋合いではないのだ。

 そのことを教えてくれた男性に対して心中で感謝の言葉を吐きながら、私は標的を誰にするのかを考え始めた。


***


 私は、下っ端の下っ端を狙うことにした。

 組織が大きくなるほどに、立場が上である人間は、末端でどのような人間が働いているのかを把握することができなくなってしまうものだ。

 だからこそ、私は新人たちを狙ったのである。

 新人とはいえ、彼女の恐ろしさはその目で見ているために、彼女の命令だと告げれば、途端に萎縮し、全てに従おうとするのだ。

 私はその態度を利用し、数人の女性と関係を持つことにした。

 全ての女性は私と関係を持つことに拒否を示したものの、

「新人は古参の人間を満足させる義務が存在していると、教わっていないのか。これは、彼女から出されている命令なのだが、それを拒否するというのならば、即座に報告しておこう」

 私がそのように告げると、女性たちはそれまでの態度が嘘だったかのように、私に全てを見せてきた。

 行為を終えた後、私は決まって、相手に告げた。

「きみにだけは伝えておくが、私は彼女と個人的に親しい。きみの態度によっては、彼女に良い報告をしておこう。そうすれば、このような仕事をする必要もなくなり、安全に働くことができるようになるだろう」

 私の言葉に、女性たちは目を輝かせた。

 勿論、それは虚言である。

 しかし、他の人間には内密にするようにと伝えることで、女性たちは口を閉ざした。

 あまりにも美味なる蜜を吸うことができるようになったために、私は笑いが止まらなくなった。


***


 目を覚ますと、眼前には二人の女性が立っていた。

 その姿を見て、私は言葉を失った。

 一人は彼女であり、もう一人は、私が騙して関係を持った女性だったからだ。

 まさか、私の行為が露見したというのだろうか。

 震える私を、彼女は冷ややかな目で見下ろしながら、

「知らなかったのだろうが、私の隣に立っているこの人間は、私の姪である。親族とはいえ贔屓するわけにはいかなかったために、他の人間たちと同じように働かせていたが、その口からきみの悪事が語られるとはな」

 彼女は接吻でもするかのように私に顔を近づけながら、

「古参であるきみのことだ、どのような目に遭うのかは誰よりも分かっているだろう」

 彼女が指を鳴らすと、彼女の姪が様々な刃物や鈍器を用意し始めた。

 そして、刃物の一本を姪に渡すと、

「彼を始末するのだ。上司である私の命令は絶対だということを、改めて学ぶが良い」

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