第22話 準備、完了


 文化祭の前日。

 イベントの最終確認のために、文化祭実行委員会へ訪問する。


 我がクラスの文実委員の加瀬くんは、副委員長を買って出ていたようで、今回の持ち込み企画の表向きの主旨も、文実委員たちには説明してくれてあった。

 他の委員たちにも概ね好感触で、中には毎年恒例のイベントにすべき、と主張する者もいた。

 そんな大したイベントではないんだけどね。


 イベントの表向きの内容は、いたって簡単な人気投票。

 しかし中身は単純なミスコンとかではない。

 女子だけに絞ると、全校対象の最優等生にはなり得ない。

 男子も投票対象に含め、かつ杜若かきつばたあやめが勝たなくては、全校の最優等生とはいえないのだ。

 しかも、トリックやイカサマなしで、だ。


 自分で設定したハードルの高さに悩んだ俺は、協力者を求めることにした。

 リア充の王子さま加瀬くんやメガネ新聞少女赤堀に相談を持ちかけて、杜若かきつばたが勝てそうなジャンル、選考基準を考えることにしたのだ。

 それでも、杜若かきつばたの勝率が多少上がるだけ。

 普段、石橋を叩かずに眺めるほど慎重かつ怠惰な俺は、とあるサイトを皆に極秘で立ち上げる。


『文武両道! 青南高校最優等生は誰だ!』


 呆れるほど単純なサイト名は、俺のセンスの無さがなせるワザだ。

 ここは自由に閲覧も書き込みも出来る、掲示板方式にした。

 先にタネを明かすと、ここの書き込みから、杜若かきつばたが勝てるジャンルと選考基準を決めたといっていい。

 つまりはマーケティング、事前リサーチ。またはカンニングともいう。


 さあ、これだけやったら、あとは運任せ。

 と考えるほど俺は楽天家ではない。

 動かない時も、足掻く時も、ギリギリ時間いっぱいまで貫くのだ。

 その方法は……極秘である。

 知ればメガネ新聞少女赤堀に再度『闇の元締め』と呼ばれかねないので、もう少し秘密にしておく。


 赤堀といえば、新聞部復活のために、自ら文化祭実行委員会の密着取材を志願した。

 これが非常に好都合で、おかげで文実の情報は、加瀬くんと赤堀の両名から入手できる体制が構築できた。


 俺はといえば、普段から使わない空き教室に学校備品のパソコンと飲み物、それとお菓子を持ち込んで、ちょっとした秘密基地にしている。


「田中、くん!」


 秘密基地に駆け込んで来たのは、同じクラスの通称キモいマンズの三人。

 諸々の人手を見越して、部活に所属していない三人に手伝いを頼んだら、あっさり引き受けてもらえた。


「我らだって、リア充イベントたる文化祭に参加する口実が欲しかったのでござる」


 丸メガネくんの熱意ある口調とその内容が噛み合わなくて、笑った。


「入るぞ」


 言葉と同時に開いた扉からは、イベント黙認という立場をお願いした田端先生が入ってきた。

 教師が来るとは聞かされていないキモいマンズ改めイベント運営スタッフの三人は、緊張で固まっていた。


「慌てなくていい。私は一切口を出さないよ。軍師さまの頼みだからな」


 そう言いながら、片目を俺に閉じてくる。

 可愛らしい田端先生の仕草と物言いに、キモいマンズの三人は色めき立つが、それをスルーした俺は大きな溜息を吐いた。


「生徒が教師の軍師なんて、聞こえが悪くないですか」

「構わないさ。私は実力主義でね。ちなみにそちらの三人、青木、星野、石田。キミたちはトップクラスの成績だったな」


 青木、星野は理系が強く、パソコン関係は任せられる。

 石田は、文系の能力が高く、サイト立ち上げから掲示板の書き込みに至るまで、文章の面で大変お世話になっている。


「今回のイベントがどのような結末を迎えるかは、教師である私にも分からない。が、田中なら、見えているのであろうな」

「買い被りですよ。成績でいえば、俺はこの中でビリですから」

「もちろん成績も大事だが、キミはそれだけではない。それは、そこの三人も承知だろう」

「ですな。田中は、総合力で我々の遥か上をいきますから」


 え、俺ってそんなに評価高かったの?


「田中、あの時のお詫び、今させてくれないか」

「え、どれ?」

「……杜若かきつばた様のバストサイズが明るみになった時、でござる」


 ああ、そんなことあったなぁ。

 杜若かきつばた本人は、キモいマンズに対して悪い感情はないと言っていたけど。


「我はあの時、田中を身代わりにして女子軍団から逃げようとした。しかし田中は、男子を大目にみてやってくれと、庇ってくれた」

「そうだね。あの時ぼくは、きみの器の大きさを知ったのさ」

「懐かしいなぁ。でも、もう過去の話だ。忘れてくれよ」


 俺に対しての謝罪かい。

 当時を思い出すように語る俺だが、実際に思い出すのはD宣言の場面ではない。

 夏祭りで俺の腕に当たった杜若かきつばたの、浴衣越しの感触だ。


 その時、俺の耳元で、


「実は、Eになりました」


 と囁く杜若かきつばたの真っ赤な顔もセットで脳内再生していた。


「てか、先生の前でなんて話を」

「私は気にしないぞ。保健体育はバッチリだ」


 そういう話でもないんだよなぁ。


「ちなみに軍師どの、私はGだぞっ」

「……そのアルファベット、キッチンとかで嫌われそうですね」

「ひどい、私の軍師どのは鬼畜だ!」

「はいはい、俺が高校卒業したら、友だちになってあげますからね」

「本当だな? 絶対だぞ!」

杜若かきつばたも一緒に、ですが」

「いっぺんに二人も友だちができるのだ。文句などある筈がないさ」


 先生……本当に友だちに飢えてたんだな。

 そのやりとりを見ていた運営スタッフのキモいマンズ三人が、いきなり片膝をついて頭を下げる。


「え、どしたの」

「我ら三名、田中どのにお仕えしたく存じます」

「なんで。なんでそんな話になっちゃったの?」

「田中どのの真の能力を見せていただいたゆえ


 え、俺なんか見せた?

 ちゃんとパンツは穿いてるし。


「ふむ、三人とも理解したようだな。我が軍師、田中の実力と魅力を」

「はい、しかとこの目で」

「ならば、我らは友だちだ。これからよろしくな!」

「先生!」

「G先生!」

「おっぱい先せ……イテっ」


 条件反射のように、俺は最後の石田にデコピンを喰らわせる。


「最後のはダメだよ。先生に向かって」

「反省します……」


 はあ、やっぱり調子に乗りやすいんだよなあ、思春期の男子って。

 もっと俺も自重しなければ。


「軍師どの……しゅきぃ」


 ……先生は道徳心とか羞恥心とか、そういうのを装備しましょうね。

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