第21話 規制緩和の荒波


「──それは、リコが悪い」


 夕方のファミレスの一角。

 事情を聞いた杜若かきつばたが、元取り巻き一号を一刀両断にした。

 そうか、リコという名前だったっけ。

 興味ないからすぐ忘れるけど。


「で、でもこいつ、あやめの悪口も言ってて」


 そして今、そのリコとやらは、捏造の真っ最中だ。


「ふーん、どんな悪口?」


 それにしても今日の杜若かきつばた、機嫌悪そうだなぁ。

 責める口調が、俺そっくりだ。


「お、幼馴染だからって、調子乗ってるとか」

「それは去年、直接聞いたなぁ。ショックだったなー」

「え」


 杜若かきつばたは遠い目をして、俺は死んだ魚の目になる。

 思い出すんじゃねえよ、そんなこと。


「田中くん、キミはそんなにひどいこと」

「そうなの、聞いてよ加瀬くん」


 あの時は、たしか。


「ま、正確には、おまえの幼馴染だからって調子に乗ってるとは、俺は思われたくない、だったけどね」


 そう、そうだよ。

 学校でもう少し仲良くしようって言われて、そう返したんだ。


「幼馴染で手を繋いで登下校なんて、普通なのにねー」

「一度『普通』について調べ直してこい」

「ねー、ひどいでしょ?」


 おっと。

 うっかり出てしまったツッコミのセリフに、加瀬くんが戸惑っていらっしゃる。


「……加瀬様、何かお飲み物をお持ちしましょうか」

「いや、オレはもっと二人の話を聞きたいな」

「今日の幸希こうきくん、なんか変」


 ちょ、名前呼びはまずいって杜若かきつばたさん。

 おいそこの加瀬くんや、爽やかフェイスで笑うな。


杜若かきつばたさん。いつもは田中くんのことを名前で?」


 ほらぁ、加瀬くんが食いついちゃった。


「うん。高校じゃ名前呼びはダメって言われてるけどね。恥ずかしいからって」

「あの、杜若かきつばたさん?」

「ここはファミレスでーす、学校じゃありませーん」


 ああ、これは、アレだ。

 以前もちょこちょこあった、杜若かきつばたの規制緩和の強硬策だ。


「それにね、夏に二人でお祭りに行ったんだけど」

「ちょっと、アタシそれ聞いてない」

「私もリコには話してないよ」


 なんだろ、そのトゲのある言い方。

 お祭りの件を話してないのか。

 それとも今、話してないのか。

 あ、どっちもの意味を込めたのか。

 やるようになったものだ。


「成長したな……あやめ」

「へへ、幸希こうきくんの鬼コーチのおかげだよ」

「た、田中くん、今、あやめって」


 あ。ヘタこいた。

 もういいや、元取り巻き女子は空気同然だし、加瀬くんは協力者だし。

 俺は学校での姿を捨て、ドカっと背もたれに寄りかかる。


「……あやめのせいだからな」


 すべての責任を杜若かきつばたにおっ被せてやったが、当の本人は我関せずと笑顔を崩さない。


「どう、私の誘導尋問。上手くなった?」

「まったく誘導も尋問もされてないけどな」


 ドヤ顔で笑う杜若かきつばたに、加瀬くんは目を見開いている。

 取り巻き女子は……あれ、いなくなってる。

 ちくしょう、ドリンクバー飲み逃げかよ。

 名前忘れたから請求書とか書けないじゃないか。

 突然、加瀬くんが大きく息を吐いた。


「……今日も驚きの連続だよ」

「ぜんぶ内緒だったからねー。ウチの幸希こうきくんが厳しくて」


 誰がウチの幸希こうきくんだよ。

 たしかに弁当作ってもらってるし、すごく世話になってるけど。


「でも、たしかに」


 加瀬くんは言葉を切って、再び口を開く。


「今の杜若かきつばたさんの顔、他の男子には見せない方がいいね」

「ん、どして?」

「だって、すごく幸せそう、だから」

「まあねー」


 あれ、杜若かきつばたの口調って、こんなに砕けていたっけ。


「……もう、最優等生とか気にする必要も、無くなったから、ね」


 そうだった。

 杜若かきつばたにとっての目標、最優等生の称号は、母親との思い出と一緒に霧散してしまったのだ。

 気が軽くなった、で済むはずがない。

 最優等生は、唯一ともいえる母親との絆だったのだ。

 その気軽になったという言葉とは裏腹に、杜若かきつばたの心に冷たい陰を落とす。

 その陰は、経緯を知る加瀬くんにも伝わったようで。


「田中くん」

「おう」

「あらためて、キミが羨ましいよ」


 しかし、加瀬くんの言葉の真意は、俺には伝わってこなかった。


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