第20話 ケンカ売りの少女



 放課後。

 仕込みは終わり、スタッフは考え得る最高の人材にお願いした。

 そのはずだが、文化祭の本番まで不安は拭えない。


 そして俺は、今日も杜若かきつばたの目を盗んで、頭を低くしてコソコソと下校するのであ──


「待ちなさい、田中」


 ──はい、見事に帰りそびれました。

 ビックリした猫背のまま振り向くと、杜若かきつばたの取り巻き女子の中の、俺がいちばん苦手な女子が、俺を睨んでいた。

 元取り巻き一号である。


 あーあ、最初から敵意丸出しかぁ。

 待ち合わせもあんのになー。


「悪い、ちょい連絡だけ」

「は? 勝手になにしてんの」


 取り巻き女子が何か言っているが、構わずに待ち合わせ相手の王子様に連絡をする。


「はい通話終了。で、用件は?」

「……なんでアンタが偉そうなの」

「逆に、なぜあんたが他人を見下すんだ」


 もう、こちらも敵意全開ですわ。

 揉めるだけ揉めて、あとはなんとかゴマかす。

 これしか思いつかないや。


「アンタさ、自分にどれだけ価値がないか、わかってんの」

「そういうあんたは、どのくらいの価値があるんだ」

「アンタよりは価値があるはずよ」

「どうして、そう思う」

「だって、女子高生だもん。友だちもいるし、毎日楽しんでるし、好きな人だっている。アンタなんかより全然価値あるじゃん」

「それ、個人の感想ですよね」


 どこかで聞いたような言葉を返すと、取り巻き女子の、名前なんだっけ、は、真っ赤になって怒り出す。


「アタシの価値じゃん。アタシが決める権利があるの!」

「なら、あなたは他人の価値を決める権利はない、という事になります」

「どうして!」

「勝手にあなたに評価されたその他人も、自分で価値を決めるべきだからです」

「なんでそうなるの」

「さっきあなたが言った、あなたの理論ですよね。分かりませんか」


 これでもかと揚げ足取りされた元取り巻き一号は、無言で睨むだけ。

 それでも、俺を攻めるつもりらしい。


「とにかく、なんか陰でコソコソやってるの、やめなさいよ」

「なぜ、あなたに命令権が?」

「ムカつく……」


 お、だいぶ論理的思考が破綻してきたな。

 もともと論理なんて存在しなかったから、当然だ。

 さて、次のターンは、どんな攻撃をしてくるやら。


「アンタなんか、あやめに言い付けてやる!」


 ……は?

 あ、やばい。

 俺が論理的思考を手放しそう。


「……杜若かきつばたが、どうしたって?」

「だからぁ、アンタなんて、あやめに言えば」


 やばいやばい。怒りが顔に出ているのが、自覚できてしまう。

 でも、仕方ないよな。

 おまえは、俺の地雷を踏んだんだ。


杜若かきつばたに言えば、どうなるんだ」

「だから、その」

「話せよ。話してみろよ。どうなるか、教えてくれよ」


 うーむ、ギリ論理的思考、かな。

 言葉で詰める、とも言うかも。

 しかし、すでに全然論理的思考じゃなかった。


「あんたさ、自分で売ったケンカなのに、他人の名前で勝とうとしたよな。その認識で合ってる?」

「はぁ!? ウザっ」

「んで、反論できなくなったから、ウザいとかキモいって言って、相手にダメージを与えようとしてる」

「だからそんなんじゃ」

「何が違う? どこが違う? 説明しろ」

「あ、アンタごときが、アタシに命令しないで!」

「テメーごときが、俺にケンカ売ってんじゃねーよ」


 はい、これでケンカは終わり。

 のはずだったが……


「やあ、来ちゃったよ田中くん」


 現れたのは、待ち合わせていたテニス部で王子様で文実の加瀬くん、だけじゃなく。


「なに、してるの、リコ」


 世界一可愛い俺の幼馴染こと、杜若かきつばたあやめだった。


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