第18話 暗躍開始


 最悪の土曜日から、俺は考えた。

 杜若かきつばたのこと、その母親のこと、そして、最優等生。


 実の母親の現在を見て、最優等生がウソの称号だと知った杜若かきつばたは、多重のショックを受けている。

 学校には来ているが、その笑顔に以前の精彩はない。

 代わりに、というわけではないけど、杜若かきつばたの取り巻き女子一号が、やたら元気に跳ね回っている。

 もう杜若かきつばたの取り巻きもやめたようだ。


 考え続けて、三日目。

 ようやく結論が出た。

 最優等生という称号が無いなら、作ればいいのである。

 幸いにも文化祭が近い。そこで現状をひっくり返す。

 非常に安直な考えで、俺は動き出す。


 まずは土台作りだ。


 あらゆる力を駆使して、杜若かきつばたを初代の最優等生にしてやる。

 あいつには、それだけの実力と価値がある。

 俺の推しを舐めるんじゃねえ。

 何より、あの杜若かきつばたの母親の眼前に現実を叩きつけて、ごめんなさいと言わせてやるのだ。


 が、その計画は、すぐに頓挫した。

 原因は、動く人間が俺しかいないこと。

 要するに人手不足だ。

 計画の大幅な見直しを余儀なくされた俺は、ある人物に初めてコンタクトを取った。


 それが、どうしてこうなった。


「もうひっくり返しても良いかな」

「まだだ、もう少し待て」

「田中って、意外とキッチリしてるよな」

「それな」


 俺が、いや俺たち四人が囲んでいるのは、とあるお好み焼き屋のテーブルだ。

 真ん中には大きな鉄板の上で、豚玉とミックスが焼かれている。

 不思議なことに、俺が呼んだのは加瀬くん一人。

 だが、いつのまにかゲストは総勢三人にまで膨れ上がっていた。


「田中ぁ、唐揚げ頼もうぜー」

「おう、マヨネーズ必須な」


 唐揚げは、メインが焼きあがるまでの繋ぎだろう。

 サッカー部の、今までチャラいと決めつけてきた奴が、意外と気づかいの男だったり。


「初めてちゃんと話したけど、田中って普通だな」

「失礼だな、人をどっかのゴム人間みたいに言うな」


 うっかり杜若かきつばたに話す調子で返してしまい、後悔しつつ様子を見る。


「失礼なのは田中だろ、あっちは漫画の主人公だぞ」

「言われてみりゃその通りだな。深く謝罪するわ」


 やはり悪手だったか。

 しかし、思ったよりも会話は成立している気がする。

 陰キャな俺の自己評価だから、アテにはならんけど。

 学校外での杜若かきつばたを相手に話すのと同様にしていたら、クラスのトップカースト男子には案外受け入れてもらえた。

 やはり杜若かきつばたあやめ、偉大だわ。


「しかし、いいよなー」

「そうそう、なんたって、あやめちゃんの幼馴染だもんなー」

「別に、狙ってあいつの側に生まれ落ちたワケじゃないけどな。偶然だ」

「うわー、余裕の発言。ムカつくわー」


 おっと、また失言してしまったようだ。


「すまん、謝る」

「違うって、ただふざけてるだけ。誰もムカつくなんて思ってないさ」


 最後にフォローをしてくれた、テニス部の加瀬くんに頭を下げる。

 今日の最重要人物は、この加瀬くんだ。


「ありがとう。けれど、これからムカつかれる可能性は、充分にあるんだ」


 これから話す内容は、自分の力だけでは成し得ない。

 特に目の前の、リア充であり、テニス部の王子であり、今年の文化祭実行委員である加瀬くんの協力が、大きく関係してくる。


「軽い話、ではないようだね」

「ああ、けっこう身勝手で、大変な頼みをする」

「……聴かせてくれるかな。話は、それからだね」


 やはりテニス部の加瀬くんは、非常にクレバーだ。

 だからこそ、口説き落とせた時に価値がある。


「まず、杜若かきつばたの話だが、秘密で頼む」


 俺は、杜若かきつばたとその母親の件で、必要な部分だけを話した。


「うわー、ひでえ母ちゃんだな」

「でも、早く寝ないと鬼が来る、みたいなもんだろ」

「いや、それよりも……杜若かきつばたさんの傷は相当深いよ」


 夏休み、加瀬くんは杜若かきつばたが落ち込んだ顔を見ている。その原因が俺なのは、誠に申し訳ない限りだ。


杜若かきつばたが許せないのは、あいつの母親が最優等生だったという、ウソを刷り込まれていた事だ」

「田中は、そのウソを上書きしてやりたい。そういうことだな」

「ああ。こんなことであいつの傷は癒えない。けど、絆創膏代わりにはなるだろ」


 心の傷は、目に見えない。

 きっと母親が家を出て行った時の杜若かきつばたも、相当な傷を負っていたと思う。

 しかし、杜若かきつばたは滅多に泣き言を言わない。

 自然と俺は、杜若かきつばたについて考えるようになった。

 そして、結論。

 俺は、杜若かきつばたの心の傷を、治せない。

 できるのは、ケアだけだ。


「オレたちは、その絆創膏を貼る手伝い、か」

「申し訳ないが、その通りだ」

「おいおい、そんな何度も頭を下げなくてもいいから」


 人に頭を下げるのは、得意ではない。

 けれど、今回はそれが必要だと感じた。


「すまん」

「謝るのも、これで終わりな」


 気づかいのサッカー部が、苦笑した。

 そのバトンを受け取ったのは、加瀬くんだ。


「そうだね。今回は、一緒にイベントやろうって、田中がオレたちを誘ってくれた。そういうこと、だろ」

「それな。なんか楽しそうじゃん」

「今年の文化祭は盛り上がりそうだなー」


 楽しそう。

 盛り上がりそう。

 そういう不確定要素に理由を、希望を見つけてくれる。

 トップカーストなりの、或いはリア充なりの、そういう気の使い方なのだろうか。

 ありがたい、な。


「それよりさ」


 このテーブルで一番おとなしくしていた柔道部の男子が、恐る恐る手を挙げた。


「お好み焼き、焦げてない?」

「「「あ」」」


 俺たちは、焦げたお好み焼きを食らい尽くすことを、最初の共同作業にせざるを得なかった。



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