第17話 最悪の嘘


 土曜日の午後。

 田舎の高校生が休日に遊ぶ場所なんて、だいたい決まっている。

 ずばり、ショッピングモールである。

 理由は、行けばだいたい事足りるから。

 そんなショッピングモールでも、俺たちは隣街に向かうことにした。

 隣街は県庁所在地だけあって、地元清水よりは遊ぶ場所が多い。


「ね、どこ行こうか」


 今にも飛び跳ねそうな足取りの杜若かきつばたの後ろを歩き、隣街行きの電車に乗る。

 駅から近いのは、街中の商業施設、セノバや冬宮とうきゅうスクエア。

 駅から海のほう、バスで南に向かうと、駿河区役所に隣接する商業施設、セントラルガーデン。

 電車やバスでの移動を考えると、だいたい選択肢はこの三か所に絞られる。


「んー、今日は、セントラルガーデンかな。オムライスのお店あるし」

「オムライスなら、だいたいどこでもあるぞ」

「いいの、今日の気分はセントラルなんだから」

「へいへい、お供しますよ」


 今日の気分はセントラル。

 まったく意味が分からん。


「夕ご飯は、オムライスだからね」


 え、晩飯の時間までセントラルガーデンにいるの。


「ちょっと先に見たい物あるから、一時間だけ別行動ね」

「おう、終わったらメッセージな」


 俺は知っている。

 この別行動の間に、杜若かきつばたは服と下着を物色しに行くのだ。

 だがデリカシーをオプション装備しつつある俺は、気づかないフリをしてゲームコーナーへと急ぐ。







「あら、幸希こうきくん?」


 耳慣れない女性の声に振り向くと、やはり知らない女性だった。


「久しぶりね、元気?」

「えーと、すみません。どちら様でしょう」


 自分なりに最大限の笑顔を作ったつもりだが、目の前の女性は気分を害した様子だ。


「……ま、わからないわよね。幸希こうきくんもあやめも、まだ子どもだったし」


 その言葉で、ようやく目の前の人物の正体にたどり着く。


「あやめの、お母さん、ですか」

「やっと思い出したのね。まったく、女性の顔は覚えておくものよ」


 そうだ。この、ほんのりと嫌な話し方。


「すみません。あいにく他人に興味がないもので」

「……嫌な子ども。変わらないわね」


 この人も相変わらずだ。

 嫌な子どもという認識があるのなら、俺に話しかけなければいい。

 それが出来ていない時点で、あやめの母親に対する印象は下方修正をせざるを得ない。

 しかし、良い機会ではある。

 幸い杜若かきつばたは、まだ下の階のレディースフロアを見ているはず。

 ならば、やはり今しかない。


「あの、少しだけお話を伺っても」

「あらぁ、ワタシに興味出ちゃった?」


 懐かしいな、このうざい感じ。

 幼馴染の母親に対して非常に申し訳ないが、やっぱり嫌いな人種だわ。

 だが、それでも確かめたいことはある。


 杜若かきつばたの母親は、俺が促す前にとっととカフェスペースに歩いていった。


「で、話ってなーに」

「最優等生、について、です」


 遠回りするのはしゃくだったので、いきなり核心へ斬り込む。


「あら、あの子ったら。まだそんなウソを信じてるの」


 え。


「あの、ウソ、とは」

「だから最優等生よ。無いわよ、そんなもん」


 は。


「それはいったい……」

「しつこいわね。あの子があんまり勉強しないから、そんなんじゃワタシみたいな最優等生になれないわよ、ってね」


 確認したかったことは、二つ。

 最優等生に選ばれる詳しい条件と、本当に杜若かきつばたの母親が最優等生になるほどの生徒だったのか。

 しかしまさか、その前提となる最優等生の称号そのものが架空だったとは。

 一瞬茫然としてしまった俺に、目の前のウソ吐き女性は続けてくる。


「よく云うでしょ。口笛を吹くとヘビが出るとか、雷にヘソを抜かれるとか。そのオリジナルバージョンよ」


 いや、全然違うのでは。

 しかも、うろ覚え。


幸希こうきくんから伝えておいてよ。最優等生なんて、無いって」

「言えるワケない」

「あら、あの子と仲良くないの?」

「そんなことはありません、けど」

「だったらいいじゃない。生き別れた母親からの、サプラーイズ、てさ」


 冗談じゃない。残酷過ぎる。


「あいつ、ずっと信じてるんです。最優等生を目標に、頑張ってきたのに……」

「へえ、面白そう。出来ればワタシが伝えてあげたいくらいだわ。あの子、どんな顔するかしら」


 この人は、ダメだ。

 デリカシーなんて生優しい問題じゃない。

 決定的に大事なものが、欠落してる。


「あの、あやめに会うつもりですか?」

「嫌よ、面倒だもの。あの子の父親に会うのも面倒だし」


 何処か安心してしまった。

 こんなに酷い母親なら、あやめに会わせたくない。

 身勝手な考えだが、本心だ。

 この人は、あいつの努力を笑った。

 あいつの純粋さをバカにした。

 それは、許せない。


「だったら、今すぐこのショッピングモールから立ち去るほうがいいです。あやめ、この建物の中にいますから」

「あらそう、なら行くわ。今さら養育費よこせ、なんて言われても面倒だし」


 目の前の女性は立ち上がり、艶のない髪をかきあげる。


「ったく、弁護士なんかと結婚するんじゃなかったわ」


 まさしくそれは、捨て台詞だった。


 しかし今回、分かったことがある。

 血が繋がっていれば、無条件で愛情を持てるわけではない。

 家族や肉親の間であっても、コミュニケーションが大事なんだ。

 理解していたつもりだったが、思わず再確認してしまった形となった。


 さて、そろそろ杜若かきつばたに連絡を。

 スマホをタップして、杜若かきつばたのスマホを呼び出す。


 と。


 着信音は、俺のすぐ後ろで鳴った。

 慌てて振り向くと、後ろのほうの席で杜若かきつばたが俯いていた。

 そして、ひと言。


「カラオケ行きたい。今すぐに」


 急いでカラオケ店の位置を検索した俺は、すぐに杜若かきつばたの細い腕を引いた。


「もう少し、我慢できるか」


 涙を堪える杜若かきつばたからの返事は、なかった。












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