第16話 耐久レース

 

 もしも、今日が最悪の日になると知っていたら、どうするだろう。

 最悪の出来事から逃げる努力をしたり、或いは自分の部屋に閉じこもったり。

 能動的に事態を避けるように動く、と思う。


 しかし、俺は違う。

 ただ「耐える覚悟」をするだけだ。

 例えば、学校のマラソン大会。

 マラソン嫌いの俺にとっては、最悪の事前告知といえる。

 しかし俺は、何もしない。

 仮病を使って休んだり、練習して苦手を克服しようとは、思わない。

 最悪を乗り切る覚悟を固めるのみ。

 昔から、そうしてきた。


 杜若かきつばたはといえば。


「私なら、どうやって楽しむかを考える、かなぁ」


 という、なんとも前向きな答えを返された記憶がある。

 さすが『最優等生』を目指す人物は違うものだ。


 しかし、そんなポジティブな杜若かきつばたあやめですら、前向きになれない時は来る。

 人生なんて、障害物もゴールも見えない耐久レースなのだから。


 二学期が始まると、文化祭の足音が聞こえてくる。

 やれクラスの出し物は何が良いやら、バンド組んでステージに立とうぜ、など、それはもう多岐にわたる。


 最悪なのは、文化祭実行委員会、略して文実ぶんじつの、クラスから出る委員を決めることだ。

 これさえ回避できれば、あとは適当にやり過ごすだけ。

 と思ったら、以前一度だけ俺の家に押しかけてきて、杜若かきつばたと一緒にベッド座りやがった加瀬という男子が立候補した。

 なんでも去年の文化祭を見て、自分も委員をやりたいと思ったそうだ。


 加瀬くん、うちのクラスにいてくれて本当にありがとう。


 さて、あとは文化祭当日の隠れ場所を探すだけ。


「──に決まりました」


 え、考え事してる間に、なんか決まってた。


「じゃあ、ここからはアタシが進行しまーす」


 いつのまにか、司会進行まで決まってる。

 てかあれ、いつも杜若かきつばたにくっついてる取り巻き女子の一人、だよな。

 ついに独立か。いやフランチャイズかな。

 ちらっと杜若かきつばたを見ると、頑張れっ、みたいな顔で目を輝かせている。

 そういやあいつも、文化祭を楽しむ側の人間だったな。


 杜若かきつばたの幼い頃を、ふと思い出す。


「あの高校の最優等生になれるくらいに、頑張りなさい」


 と母親に言われ続けてきた、らしい。

 そしてその話の高校が、今俺たちが通うこの高校である。

 なんでも最優等生という称号は、ごく一部の関係者しか知らないらしい。

 校内で口に出すことも躊躇われる、そんな称号だそうで。


「お母さんと同じ最優等生になるんだ!」


 そんな称号を目指して、杜若かきつばたあやめはこの高校に入学した。

 俺なんて、ただ家から一番近いという理由だったのに、立派な志である。


 ま、そんな杜若かきつばたの母親は、杜若かきつばたが中学生になる前に離婚してしまったというから、人生いろいろだよな。

 最優等生に選ばれても、人生そのものが上手くいくわけではない。


 そもそも、そんな誰も知らない称号にどれだけの価値があるのか、その根本を疑ってしまう俺がいるのだが。


 そんなこんなで、文化祭関連のホームルームは何もせずに終わった。

 上々の結果である。

 で、このクラスって、何をやるの?




 クラスの出し物が喫茶店だと知ったのは、それから二日後。

 杜若かきつばたに言われてのことだ。


「違うよ、カフェだよ」


 まったく違いがわからない。


「今回はね、女子だけでやるんだって」


 ほほう、それは嬉しい情報だ。

 男子に生まれて幸運でした。


「リコちゃんがね、張り切っちゃって」

「え、誰」

「教室でよく私といる、進藤さん」

「ああ、取り巻きの」

「……それ、本人の前で言っちゃダメだよ」


 つまり、以前言われたことがあるワケだ。

 みんな同じような印象を持っている、ということだな。


「でも最近、リコちゃんは私を避け始めてる気がするんだ」

「そりゃあれだ。独り立ちだ。フランチャイズだ」

「なにそれ、コンビニ?」


 苦笑する杜若かきつばただったが、その表情は何処となく暗い。

 早くも前向きになれない出来事が現れてしまったのか。

 ならば、俺の役目はひとつ。

 杜若かきつばたの支援、バックアップだ。


「週末あたりに気分転換、するか」

「するっ!」


 あれ、元気なかったはずでは?



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