第10話 夏の予感と社交辞令
朝の教室は、挨拶や世間話が飛び交っていた。
そんな中、俺は窓際の席でぼんやりと頬杖をつく。
俺の幼馴染である
流れるように艶やかな黒髪。
透き通るような白磁の肌。
少しだけ目尻が切れた綺麗な目。
決して派手ではないが、綺麗な整った顔立ちをしている。
体型のほうも、理想的と言える。
高くない身長に、スラリと細い手足。メリハリのついたボディライン。
極め付けは、先日自分で公表してしまった、Dカップの……胸。
性格も明るく社交的な
今、そんな
曰く、
彼女らにしたら当然俺も悪い虫のようで、事あるごとに睨まれるから
まあ、
と、考え事してたら授業開始前に眠くなってしまった。
今日の一時限目は、国語か。
うむ、田端先生の美声は、よく眠れそうだ。
微睡みの中、ぼんやりと考える。
来週は定期テスト。
それが終わったら、夏休み。
夏休みといえば。
「やっぱりエアコンとアニメだよな〜」
「そこに冷えたビールがあれば最高だな」
「俺は未成年だから、サイダーだなー」
「おー、感心だな。で、私の授業は受けてくれないのか?」
え。なに。
俺ってば、誰と会話してたの?
恐る恐る顔を上げると、
「おはよう、田中。ゆうべはお楽しみだったのか?」
教室内に、少しだけ笑いが起こる。
俺の目の前。
成熟した美しい女性が、もとい田端先生が立っていた。
「い、いえ。田端先生の声が心地よくて、つい夢の中に」
「では田中の耳元で、一晩中『更級日記』を朗読してやろうか」
「……できれば、南総里見八犬伝あたりで」
南総里見八犬伝。
あれって日本初のラノベだよな。
じゃなくて。
「田中、昼休みは職員室で過ごそうか。一緒に」
「あい……」
あー、お説教ランチ、決定。
「ついでに
え。どういう思惑。
水洗トイレの如く時は流れて、昼休み。
「失礼しまーす」
弁当持参で職員室に入ると、コッチコッチと無邪気に呼ぶのは成熟した女性であらせられる、田端先生だ。
田端先生もこれから昼食のようで、事務机の上にはラーメンが湯気を立てていた。
「よく来たな……
「取り巻きに捕まってましたよ」
「一応、教師の呼び出しなのだがな……権威が」
田端先生はしょんぼりと肩を落とす。
が、その瞬間。田端先生の背後に、髪の束が揺れた。
「大丈夫です。あと今日のポニーテール、似合ってますよ」
「ホント?」
「はい、似合ってます」
ポニーテールというのは、どうして女性を美しく魅せるのだろう。
いや。俺がポニテ好きなだけか。失敬。
「……私、今日からずっとポニテにするっ」
さいですか。
髪型は先生の好きにすればいいと思いますが、先生のポニテ、非常に眼福でございます。
なぜかご機嫌の田端先生は、少女のように微笑んで。
「あっちに行こっ」
などと弾んだ声で生徒指導室を指差す。
ポニーテールを踊らせて、軽やかに立ち上がった田端先生の手には、ラーメンのどんぶり。
なんだろ、この寂寥感。
「失礼します……」
田端先生のイタさを噛み締めていると、小さな手提げ持参の
「よく来たな
三人で生徒指導室に入るやいなや、田端先生はエアコンのリモコンをポチッと操作した。
もわっとした風が舞って、思わずそれを避ける。
「まだ古いエアコンなんだ。中々予算が下りなくてな」
エアコンの真下の席に座った田端先生の、長机を挟んで向かい側に座る。
「おい、ちょっと近くないか」
「……近くないもん」
肩が触れ合いそうな距離で座る
「これから昼メシも食うんだぞ」
「近く、ないもん」
その瞬間、バキっと細い木材が折れる音が響いた。
「……すまない。二人の微笑ましい姿に、なぜか割り箸が折れた」
いや、あんただろ。
どこから出したのか予備の割り箸を割る田端先生は、
「冷めてしまうから、先にいただくぞ」
と、勢いよくラーメンを啜り始めた。
もしかしてこれ、昼メシ食べた後に職員室にくれば良かったんじゃね。
「は、はい。私たちも食べよ、
「……一応、校内だぞ」
名前呼びを窘めると、
「いいの、田端先生にはバレてるんだから」
いいのか。
本当にいいのか。
目の前の成熟した女性が、涙声で何かを呟いてるけど。
「いいんだ、私の友だちは二次元なだけだもん……」
なだけ、で片付けるには巨大過ぎる問題だと思うのは、俺だけだろうか。
それからも、俺と
「どうしてかな。二人のお弁当のおかずが一緒に見える」
「玉子焼きにタコさんウインナー、いいなぁ」
「お料理、頑張ろうかな……」
などとひとりで呟く田端先生に少しおかずをシェアしたり、お返しにラーメンのチャーシューをもらったり。
まあ、それなりに楽しい昼食であった。
「さて」
ラーメンの残り汁を一気に飲み干した男前な田端先生は、何事もなかったように本題に入る。
「キミたちの仲は、理解しているつもりだ。けれどな」
言葉を切った田端先生は、そっと視線を逸らして続ける。
「授業中に居眠りするほど、その、夜とか、頑張らなくても」
「あー、夜中までゲームやってました。すんません」
事実である。
たとえそのゲームがキモいマンズの一人、星野から借りた、ちょっとえっちなゲームだったとしても、だ。
「ゲーム?」
「はい、戦国モノを」
これも事実。
星野に借りたエロゲーは、戦国時代が舞台なのである。
「なぁんだ、ゲームかぁ。健全かぁ」
そっかそっかと何度も頷く田端先生に、用件はそれだけかと問うて見れば、
「いや、久しぶりにキミたちと食事をしたかったのもあって、な」
「久しぶりって。前回のは食事っていうほどでは」
確か、隣街の中心地で開催された『B級グルメフェスタ』に行った時、田端先生とバッタリ会ったんだ。
母さんが臨時の小遣いをくれたのも大きかった気がする。
「いやいや、焼きそばにおでん。立派な食事会ではないか」
会、ではないな。少なくとも。
あと田端先生、あなた焼きそばやおでんをツマミに、ビールばっかりでしたよね。
まあ俺たちより十歳も年上なんだし、いいけどさ。
「しかし、今度はちゃんとした場所で、共に食事を楽しみたいものだな」
「そうですね、楽しみにしてます」
「
まあ、いいや。
機会があれば、田端先生とお好み焼きとか楽しそうだ。本当に機会があったら、だけど。
「──しかしな。今日の私の髪型を、田中は褒めてくれてな。リアルで二年ぶりの褒め言葉だったよ」
「え、それってどういうことですか!」
突然、
その視線はそのまま俺にスライドしてきて。
「
アホ、できるか。
ここで説明したら、先生が喜んでる褒め言葉が社交辞令だったとか、ウソを言わなきゃならんだろ。
結局、なんのために呼び出されたんだか。
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