第9話 正義を名乗る新聞部員少女05
翌日。
新たな学校新聞が号外として掲示された。
その見出しは。
『
さすが元新聞部員、だからなのかは知らんが、謝罪記事が早いな。
掲示板を横目に教室へ向かおうとすると、俺のクラスの手前の廊下で、
「アンタ、あやめのストーカーしてたって、どういうこと」
「どうせあやめの記事書いて、自分も人気者になろうとしてたんでしょ」
その真ん中では、俯いた赤堀さんが黙って罵声を浴び続けている。
その光景は、登校してきた
放課後。
元新聞部の顧問である田端先生に呼ばれて、生徒指導室へ。
「失礼しまーす」
ゆっくり扉を開けると、すでに田端先生は俯く赤堀さんに話をしていた。
その話を途中で止めた田端先生は、俺を席へと促す。
「田中。すまないな、呼び出してしまって」
「いえ、今回は俺も当事者ですから」
田端先生は美人だが、めちゃくちゃ細かくて厳しい。
それが、全校生徒の共通認識だ。
小さな事でもしつこく追求してくるのだそうで、一度目をつけられたら最後、いろんなことを言われるらしい。
だが、しかし。
今回の俺は、覚悟をしてきた。
赤堀さんが説教を受けるのと同じく、俺も怒られる覚悟で呼び出しに応じたのだ。
呼び出しの理由はまだ聞いていないが、今回の件で俺が赤堀さんの自宅写真入り新聞を作った件だろう、と俺は思っている。
あれは
だって、
「
という、ただの脅迫だし。
「ところで、
「あいつは、まだ教室ですよ」
「キミは、
「いや、ええ。まあ、はい」
うっかり発言に突っ込んできた田端先生に、俺は思わず、しどろもどろになってしまう。
これは、さっそく目をつけられたか。
「……仲が良いのだな」
「一応、幼馴染ではありますから」
幸いここには、俺と
それに、ヘタに隠すと最優等生を目指す
が、田端先生の反応は、意外な方向に飛んだ。
「幼馴染……友だちの究極形ではないか」
「そ、そうですか、ね」
「そうだとも。なんたって、気がついたら友だち、なのだからな」
そう言われると、そんな気がする。
たしかに
気がついたら一緒の砂場で穴掘ってたし、互いの家で遊ぶようになっていた。
一時期疎遠になったりもしたが、俺の最初にして唯一の友だち、なのかもしれない。
「……とても、ただの幼馴染には見えなかった、ですけどねぇ」
コラ、赤堀さん。
なんてこと言うの。
ほらぁ、田端先生の美しい顔が強張ってしまったじゃないか。
「もしかして……不純、なのか」
「いえ、純粋です」
「なんだ、純粋か。びっくりしたよ」
不純と言われたから咄嗟に反対語で返したら、すんなり納得してくれた。
もしかしてこの田端先生って、しつこいとかではなくて。
知りたい欲求が強いのかな。
「田中。キミに聞きたい」
「……はい」
おっときたか。とうとう説教の始まりだ。
俺は姿勢を正して、田端先生を見る。
今回の件に関して、俺はどのような処分でも受けるつもりだ。
しかし田端先生の話は、すっ飛んでいた。
「友だちというのは、どうやったら作れるのだ?」
「え」
ちょ、それ俺に聞く?
この高校でボッチ道を極めんとする、この俺に?
「田端先生、友だちがいないんだよ」
説教されていたはずの赤堀さんが、おもむろに田端先生の秘密を暴露した。
おい、ゴシップ好きメガネ、やめて差し上げなさいよ。
「赤堀……先生は、泣くぞ」
「だって、本当のことじゃないですか」
「赤堀さん、ストップ」
本当に田端先生の目が潤んできたので、赤堀さんを制止した。
「田中、ありがとう。キミは優しいな」
「いえ。今のは赤堀さんが悪いですから」
「えー、本当のことなのに」
本当の事、真実、事実。それは正しいのだろう。
けれどそれを伝えること、突きつけることは、必ずしも正しいとはいえない。
時と場合、そして思いやりとデリカシーが必要だ。
それらを欠かすと、俺のようにボッチの道を歩むことになる。
「赤堀さん。さっきまで説教していた田端先生に対して、ちょっと失礼だぞ」
「え、説教なんてされてないけど」
「は?」
「……やはり説教に聞こえたのか。この話し方のせい、なのだろうな。私に友だちがいない原因は」
そうなのか、って。おかしい。
いつもの口調が説教に聞こえるなら、俺が田端先生の話を説教に聞こえないのは、どうしてだろう。
「田端先生」
「なんだね、田中」
先生は、表情を固くする。
なるほど。
この先生、俺と同じだ。
他人に対して、つい身構えてしまうのだ。
気分を害したら、どうしよう。
嫌われたら、どうしよう。
とある事件を機にそれを考え続けた結果、俺はひとりが楽という結論に至った。
ならば。
「俺は、先生を嫌いになりませんよ」
「えっ」
田端先生は、目を見開く。
そりゃそうだ。
いきなり「嫌わない」とか言われても、意味がわからないだろう。
だが俺は、説明することなく話を続ける。
「そりゃ嫌だと思う時もあるでしょう。人間ですから。でも」
俺は、かつて自分が欲しかった言葉を、思い浮かべた。
「本質的には、嫌いになりません」
「本当、か?」
「はい。俺が卒業しても、疎遠になっても、嫌いになることはないです」
田端先生は、かつての俺だ。
気遣いの果てに離れていった人たちに、嫌われたと思っているのだ。
単にそれは、状況が変わっただけのこと。
より近くの友だちと、遊んでいるだけ。
より気が合う友だちと、遊んでいるだけ。
それは、嫌いとイコールではない。
そんな話を、つい偉そうに先生相手に語ってしまう。
「では、過去の私も、必ずしも嫌われたわけでは……ない?」
「そうです。万が一嫌われたとしても、先生に責任はありません」
「それは、どういう意味だ?」
「合わなかっただけ、です」
「それだけ、なのか」
田端先生は、じっと机を見つめている。
そして、何かを決意したように、顔を上げた。
「ありがとう、田中。キミは私の恩人だ」
そこには、晴れやかな田端先生の笑顔があった。
「遅くなりましたー」
生徒指導室の扉が開くと同時に、
「お前、タイミング」
「ん、どしたの
はあ、もういいや。
それからの十数分は、談笑で終わった。
その週末。
隣街で開催された「B級グルメフェスタ」で田端先生とばったり出くわすのだが、それはまた別の話。
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