第8話 正義を名乗る新聞部員少女04


 杜若かきつばたの勢いに気圧された赤堀は、肩をビクッと震わせる。

 その勢いをそのまま、杜若かきつばたは言い放った。


「もう、私の記事は書かないでください。お願いします」


 勢いに押された赤堀は、頭を下げる杜若かきつばたの姿に戸惑って見える。


「でも、私のお願いだけだと一方的で勝手過ぎるから、記事の代替案を用意しました」

「は? どゆこと?」


 杜若かきつばたの言葉に、赤堀はもちろん俺まで面食らってしまう。

 マジで杜若かきつばたのやることが分からない。


「きっと赤堀さんは、書くことが無くてあんな記事を書いちゃったと思うんだ。だから記事にできそうな案をね、お持ちしました」


 はは、どこまでお人好しなんだか。

 相手は、敵だぞ。


「私の記事を見て思いついたんだけど、女の子に人気のお店の特集とか、どうかな。お店のお客さんも増えるかもしれないし、お店に掲載の許可も貰いやすいかなーって」


 唖然としていた赤堀さんが、突然笑い出す。


「あーはっはっは、なんなの、杜若かきつばたさんって」


 その言い草はどういう了見なのかな、赤堀さん。

 事と次第によっては、あと十個くらい新しい新聞を作るよ?


「あたしが完全に悪いのに、そのあたしに頭を下げて、その上かわりの記事の提案まで……もう、完全に器が違う。反省するしかないじゃん、こんなの」


 気がつくと、赤堀は笑いながら泣いていた。

 杜若かきつばたはといえば、再び泣き出した赤堀さんに慌てて、頭を撫でたり背中をポンポンしたり。


 なんか、平和っていいよな。


杜若かきつばたさん、それに田中くん」


 涙目のまま、赤堀は俺と杜若かきつばたに向き直る。そして、


「本当にごめんなさい。ご迷惑をおかけしました」


 直角に近く腰を折って、赤堀さんは頭を下げた。

 だが俺は、謝られる謂れはない。


「俺に謝罪は必要ない」

「でも田中くんは彼女を、杜若かきつばたさんを守ろうとして」

「ちょっと待とうか赤堀さん」


 涙目のまま俺を見るな。

 俺の中の罪悪感が肥大化しちゃうだろ。


「俺が、こんな学校のアイドルみたいな女子と、そんな関係なワケないだろ」

「そうだよ赤堀さん。幸希こうきくんとは、ただの幼馴染なんだから……まだ」


 そうそう言ってやれ、じゃないって!


「おい、あやめ。それ言ったらアカンやつ」

「……はっ。やっぱ今のナシ!」


 慌てる杜若かきつばたに、赤堀は笑い出す。


「わかった。事情は分からないけど、杜若かきつばたさんと田中くんの関係は、誰にも言わないよ」


 本当かね。赤堀さんの信用って、地に落ちたまんまだけど。


「というか、全力で隠す。だって、二人の幸せな姿は、あたしが独り占めしたいもん!」


 なんだよその理由。独占スクープとかじゃないよね。


「それに田中くんは、いざとなったら行動出来る、こわい男子って、身に染みたからね」

「はは、あんまり嬉しくねー」

「なに言ってんの、誉めてるんだからね。尊敬すらしてる」


 さっきまで敵対していた相手とこんな会話をしていると思うと、なんだか笑えてくる。

 赤堀も同じだったらしく、目と目が合った瞬間に笑い出してしまった。

 だがしかし。

 一番の被害者である杜若かきつばただけが、何やら腑に落ちないご様子で。


「むー」


 え、なんで。

 なんで杜若かきつばたが膨れっ面なの?


幸希こうきくんが、他の女の子と仲良くしてる!」

「え、この状況でそれ言う?」

「だって、嫌なんだもん」

「は、え、杜若かきつばたさんって、こんなキャラだったの!?」


 杜若かきつばたはよく分かんない理由で怒ってるし。

 赤堀さんは赤堀さんで「尊い」とか叫んでるし。

 ……もう疲れたよ、ぼく。


「な、なあ、もう帰ろうぜ。なんかもう全部解決したみたいだし」

「知らない。つーん」


 つーん、って。

 おいおい、ここでそれ始めるのかよ。


「つーん」


 ……今コッチをチラ見しましたよね、杜若かきつばたさん。

 なるほど。赤堀さんの目の前でやれ、ってか。

 よぉし、受けて立とうじゃないの。

 言っておくがな、聞く側の杜若かきつばたも、相当に恥ずかしいと思うからな。

 覚悟しやがれ。


「……世界一可愛い、俺の大事な幼馴染の杜若かきつばたさん、機嫌直してください」


 ど、どうだ。

 言ってやったぞ。

 しかし、初めて人前でこの台詞を言ったが、想像の百倍は恥ずかしい。

 受け止めた杜若かきつばたの顔も耳も真っ赤だから、そっちは想像通り、かな。

 ところが、である。

 この場で一番恥ずかしがっているのは、第三者である赤堀だった。


「ピャ、ピャ……」


 などとナゾの呻き声、いや鳴き声を発して、両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。

 まあ、俺たちはある程度は慣れているからな。

 めちゃくちゃ恥ずかしいけれど。


 耳まで真っ赤に染めた杜若かきつばたは、懸命に冷静を装っている。

 が、うっかりすると唇の端っこが緩むものだから、表情筋が忙しそうだ。


「え、えーと。いつもよりキレがない。七〇点、かなー」


 なんとか表情を引き締めて絞り出した杜若かきつばたの言葉は、少しうわずっていた。

 しかし、七〇点って。

 採点されたのも初めてだわ。


「……仕方ないだろ、恥ずかしいんだよ」


 俺も負けずと絞り出す。


「わかった。今回だけだぞぉ〜」


 いつもより溶けた笑顔の杜若かきつばたは、当然のように俺を抱きしめてくる。

 ちなみにこのお約束のあとに抱きしめられたのも、今回が初めてだ。


「んふふ、幸希こうきくん〜」


 だから抱きつくなよ、人前だぞ。

 ふと、視界の隅っこにしゃがみ込む赤堀を見ると。


「砂糖吐きそう、砂糖吐きそう」


 などと、不可解な言葉をぶつぶつ繰り返していた。

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