第21話 霊術教師


「ハナリに霊術を教えてやって欲しいのです」


 王妃の間に呼び出されたバルコは、主人からの予想外の提案に目を丸くした。


「自分がハナリ殿下の霊術教師を務めるという事でありますか?」

「そうです」

「それはレガ師団長の仕事と認識しておりましたが」

「ハナリが、あなたに代わって欲しいと」


 先日の公開授業を思い出す。確かに、自分がハナリの立場であれば、レガからは教わりたくない。代わりに指名されたとあれば、名誉な事であった。


「陛下は既に?」

「許して下さいました。後は、あなたさえ良ければ」


 バルコは困ってしまった。是非とも受けたいと思う一方で、自分に務まるのかという不安もある。任官から半年、少しは侍従武官の仕事にも慣れたが、まだまだ覚えなくてはならない事も多い。王女の教育係など、一科目と言えど、荷が重いというのが本音だった。教師の経験など無いし、役職を奪ったとなればレガとの溝も一層深まるだろう。


「難しいでしょうか?」

 こちらの表情から心中を察したか、覗き込むようにしてキーシャは尋ねてきた。


「小官で宜しければ是非に、とお答えしたい所なのですが、正直に申しますと不安です。霊術に関しては、自分は、人に教えられる立場ではありません。かしこくも殿下の教育担当となりますれば、相応の準備が必要であります。今の仕事と両立出来るかどうか」

「侍従武官との兼任については、サイモンと相談して仕事量を調整する予定です。他に要望があれば、遠慮なく言ってくれて構いませんので」


 請け負ってくれないかと、願意を含んだ視線を向けられる。請け負いたいのは山々だが、気軽に引き受けていい職ではない。諦念を滲ませた笑みで、キーシャは自身の強引さを詫びた。


「こんな話、急にされても困りますよね。分かりました、すぐにとは言いません。まずは侍従武官の仕事に慣れて、余裕が出来たら、ハナリの面倒も見て貰えませんか。週に一回でも構いませんから」

「ええ、それはもう。喜んで」

「ありがとう。無理を言ってごめんなさい」


 頭まで下げられて、バルコは慌てた。かくも主人に気を遣わせて、頭を下げるべきはこちらである。


「実を言うと、私としても、レガ師団長よりもあなたに教えて貰いたかったの。でも、そうね……何でもかんでもあなたに任せ過ぎですね」

「光栄の至りです。一日でも早く慣れます故、暫し時を頂きとうございます」

「私に出来る事はありませんか」

「え?」

「あなたをサンタニエルに呼び寄せたのは私です。あなたの力になりたいのです。どんな事でも構いませんよ」


 あなたの力になりたい――――その一言が、感動を伴って胸中に反響した。

 王妃殿下が、俺の為に……。


「舞踊を教えていただけませんか」

「社交ダンスを?」

「ええ。お恥ずかしいながら、貴族の嗜みというものを身に付けてきませんでした。昨年の宮廷舞踏会ではご迷惑をお掛けし、賜りましたご恩情には恐懼きょうく感激致しましたものの、かかる失態は二度と演じられません。あなた様に稽古をお願い申し出る図々しさは百も承知でございますが、いかなる事でもとおっしゃっていただけるなら」

「宜しくてよ。それでは私が、レッスンして差し上げましょう」


 ネックレスの光る胸元に手を当て、キーシャは答えた。どこか得意気な笑顔はあどけなさを含んでいて、普段の優婉ゆうえんな彼女とは違った印象を受ける。心拍を自覚するバルコだった。

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