第14話 宮廷舞踏会
眩いばかりの光景に、バルコは思わず目を細めた。絢爛な内装と煌々たる天井のシャンデリアも然る事ながら、居合わせる人々の格好も負けず劣らず煌びやかだ。ヴァイオリンの音色に合わせ、ドレスのスカートをふわりと膨らませるのは、招待された国内外の貴族達である。
これが宮廷舞踏会か……。
舞踏会に出るよう命じられたのは、昨日の事であった。着任から早一カ月だが、宮中での宴に護衛として参加するのは初だった。王妃主催の舞踏会であるからして来るのは招待客だけだが、外部から沢山の人間を入れる以上、万が一を想定しての措置らしい。
柱を背に全体を見渡せる位置に立ったバルコは、小さな人だかりの中心にいる白いドレスのキーシャを見た。首からネックレスを下げ、頭にはティアラを乗せ、普段より着飾っているが、それでも周囲と比べると控え目だ。
自己主張するかの派手やかな格好の人々は、王妃と少しでもお近付きになろうと、皆前のめりである。相手するキーシャは忙しそうだった。
それにしても豪華な空間だと、バルコは改めて思った。つい先日まで野営も珍しくない生活であったから、尚の事そう感じる。正直、居心地が良いとは言えなかった。場違いな感じがしてならない。自分に似付かわしいのは、やはり殺伐とした戦場である。金の刺繡の入った赤い軍服を着て、上品さを装ってはいるが、身体に染み付いた血と硝煙のにおいは隠せない。やたらと視線を感じるのは、つまりそういう事なのだろう。
分かってるさ。ああ、不似合いだとも。俺だってそう思う。
不貞腐れた顔でいると、キーシャと目が合った。手招きされ、何だろうと思いながら歩み寄る。
「新任の侍従武官です」
キーシャに手の平で指されるや、上流階級の男女が一斉にこちらを見た。硬い表情を自覚しながら、バルコは自己紹介した。
「バルコ・デュッフェル三等衛士であります」
「あなたが」
「お噂はかねがね」
派手やかな男女は、思った以上に低姿勢で愛想が良かった。王妃直属の騎士という立場故か、乞われる形で戦地での武勇譚などを話すと、これがまた好評だった。なかんずく興味を示したのが、存外にも女達で、声色に媚を感じなくもない。
「デュッフェル卿は踊られるのですか?」
若い女が訊いてきた。バルコは返答に窮した。そうか、王妃の側近ともなればこういう事もあるのか。
これでも一応は貴族の端くれだから、
「ええ、まぁ、多少は」
曖昧に返すと、是非にも見たいという声が相次いだ。バルコはいよいよ追い詰められた気分だった。言うんじゃなかった、と後悔してみたところで遅い。女達は含みを持たせた目でキーシャを見た。王妃の騎士である以上、踊りに誘うなら王妃に許可を取るのが筋だが、そうまでする度胸はないらしい。請け負うように小さく頷くと、キーシャはこちらを見た。
「一曲お相手願える?」
「よよ、喜んで」
わっ、と歓声が起こる。王妃がお付きの騎士と踊るという事で、皆の視線が集まった。やめてくれとバルコは思った。
手を取り背中に手を回すと、すずらんの花香がした。至近距離から見つめ合う。やはり彫刻のように美しい女性である。いや、見惚れている場合ではない。上手く踊らねば。自分が恥をかくのは仕方ないにせよ、主人にまで恥をかかせる訳にはいかない。こんな緊張感は、戦場でさえ味わった事がなかった。
奏者のワルツに合わせて踊る。足運びはこうでいいのか、ターンのタイミングは間違っていないか――――考え出すと切りがなかった。
「間違えても平気よ」
気遣うように、キーシャが小声で言った。流石に踊り慣れており、フォローに回ってくれている。恐縮ながら、こちらの呼吸に合わせて貰う他なかった。
「楽しみましょう」
そうだ、楽しめ。
呼吸を整えたバルコは、緊張した身体から幾分力を抜く事に成功した。楽しもう、そう自らに言い聞かせ踏み出した矢先、足がもつれた。
あっ、と思う間に身体が後ろ向きに倒れていく。
やってしまった。
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