第12話 王党派と議会派

「失礼します」


 執務室に入ると、サイモン・フリッグが机上で羽ペンを走らせていた。「よぉ」と挨拶する気さくさは相変わらずだが、黒々としていた髪には白いものが散見され、ここ一年の苦労を物語っていた。


「あなたの部隊に配属となりました、バルコ・デュッフェルであります」

「聞いてる。王妃殿下からご説明は?」

「受けました」

「じゃあ話は早い」


 ペンをペン立てに戻したサイモンは、侍従武官の日々の業務について具体的に説明した。基本的には身辺警護であり、大方予想通りであった。


「王都周辺は今物騒だからな。並みの兵士に護衛は務まらん」

「襲撃の件ですか?」

「それもそうだが、シリー一家殺人事件だよ。聞いてるんだろ?」

 やはりサイモンも、殺人事件と見ているか。「ええ」と、バルコは頷いた。

「王妃殿下を敵視する一派の仕業と俺は見てる」

「元老院ですか?」


 サイモンは、咎めるような目付きで口に人差し指を当てた。声を落とせ、のジェスチャーだ。はっとして、バルコは周囲に目を配った。室内は二人きりだが、どこで誰が聞き耳を立てているか、分かったものじゃない。立ち上がって机を回り、傍らに立ったサイモンは、囁くような音量で話した。


「王党派だよ」

「王党派?」

「君主親政を支持する一派だ。保守的な元老院に多い。逆に王権を制限し、議会主導の政治を目指す一派は議会派と言って、庶民院に多いんだ」


 顎に手を添えたバルコは、脳内の辞書を引きながらサイモンの話を補填ほてんした。元老院、庶民院とは、ニュークラント議会の上院と下院である。確か、前者は非公選かつ終身任期の貴族達、後者は四年任期の各地の代表者で構成されている筈だ。


「王妃殿下は、議会派寄りの内政改革を目指されている。だから庶民院には人気があるが、元老院には疎ましく思う者もいる」

「内政改革? 王妃殿下がそのような事を?」

「庶民院にもっと権限を、とお考えだ。例えば立法に関して言えば、法案提出権を持つのは陛下の諮問しもん機関たる元老院だけだ。庶民院には拒否権しか無いが、提出権も認めるべきだと」


「うーん」と、難しい顔でバルコは唸った。実際、難しい話だ。政治家ではない。一兵士に過ぎない身には、よく分からないというのが本音だった。


「王妃殿下は、王の何たるか、つまり帝王学をハナリ王女殿下に自ら教えられている。王女が議会派に近い思想の影響を受けている訳で、王党派にすればまずい」

「だから、ジャック様を担ぎ出そうとした?」

「ああ。現に元老院から、庶子の王位継承権を認める継承法改正案が出された」

「伺いました。しかし、庶民院で弾かれたと」

「そうだ」

「だから、用済みとばかりに消されたと?」


「断言は出来ない。それだけの理由で王子を殺すのは早計だし、嫌な言い方だが、ジャック様にはまだ利用価値があった筈だ。不自然っちゃー不自然な話だ。まぁ王党派と言っても一枚岩じゃないし、軽率で過激な連中もいるから、全ての出来事に理屈が通る道理もないんだが」

「何にせよおっしゃる通りなら、言語道断、悪逆非道です。政略の為に王子を害するなど、王党派が聞いて呆れる」

「正直者ばかりじゃないって事だよ。王党派を名乗りながら、陛下への敬慕けいぼが感じられない連中なんてざらだ。聖職貴族の議員連中とかな」


 その件もまた、バルコには違和感だった。元老院に多く在籍する聖職貴族は、並べてフェニール教の僧である。庶子に王位継承の法的根拠を与えなかったのも、婚姻という宗教儀礼を重んじるフェニール教の価値観だ。これを覆すとも取れる法改正は、自ら権威を否定する事にならないのか。


くだんの法案だがな、庶子の即位に関して、王権神授の承認機関の創設が付帯事項にあった。例によって坊主の為の高給職だ」

「何でもありですね」

「こうまでされると、王権神授なんてガバガバの後付け設定に思えてくる。あれこれ理屈を捏ね回して、私腹を肥やしたいだけだ。長引く戦争で国中金が無いってのに。そんなだから、反体制に走る連中が出てくるんだ」


 愚痴を吐くかのサイモンに、バルコは否定も肯定も返さなかった。王の権威を教会が裏付ける王権神授についてはくとして、上層部に金の亡者がいるのは確かなようだ。しかし、だからと反体制派を容認する意見には賛同しない。自分達は体制を守る側であるからだ。


「しかし、結局その悪法は成立しなかったのでしょう? ジャック様は不憫でしたから、ご家族と丁重に弔うにせよ、これでハナリ様の地位は安泰の筈です」

「そうとも言い切れん。ニック・ボンソールは既に次の手を打っている」

「大法官が?」


 ニック・ボンソール、大法官にして元老院議長でもある政界の中心人物である。会った事はないが、察するにこちらに友好的な人物ではなさそうだ。


「王党派の首領さ。綺麗で若い女達を国の内外から集め、陛下に会わせてるって話だ」

「それは、つまり……」

「陛下は御歳四三。子をお作りになる体力はお持ちだ」

「しかし、仮にその女達が男子を産んだとて庶子です。身分はジャック様と同じだし、ハナリ様の継承順位は変わらない。出鱈目な改正案は庶民院を通らない。王妃殿下はキーシャ様であり、ご存命の限り陛下の再婚は……」


 認められぬと続けようとして、バルコは言葉を呑んだ。アレクシア・レンメル――――有罪判決を受け処刑された一人目の王妃の肖像画が、出し抜けに脳裏に浮かんだ。その罪状は姦通かんつう罪であったが、実態は王に愛想を尽かされた王妃を追放する為のでっち上げだったと、こういう噂話を聞いた事があった。


「ご存命の限りはな」

 繰り返すサイモンは、懸念の光を奥二重の目に浮かべていた。


「陛下は王妃殿下を愛しておられる。現に、マクドネルに怪我を負わせた連中に激怒され、全員処刑を命じられた。だから敵も迂闊には手出し出来ない、今のところはな。しかしだ、王妃殿下の政治信条は明らかに陛下のそれと相容れない」

「それが不仲のきっかけになりかねないと。内政改革を目指されているとの事でしたが、王妃殿下にとって、それは譲れぬものなのですか?」


 口を一文字に結んで、サイモンは答えなかった。ある種、それが答えだった。バルコは長い鼻息を吐いた。

 つまり、王の気分一つという事だ。キーシャにとり王妃の座を失う事は、取りも直さず死である。刺客か陪審員か、死神がいかなる姿で現れるかは分からないが、前者であれば、その鎌は武力で退ける事が出来る。かかる立場にいる以上、自分に出来る事をするしかない。


 ハープの流れる部屋で自身を迎え入れてくれた、美しく微笑むキーシャを思い出す。お守りせねばと、バルコは決意を新たにした。

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