第11話 王妃侍従武官

 今やニュークラントの一大市場と化したククルーンを経由して、王都サンタニエルに入ったのは出発から六日目の昼であった。人の背丈の三倍はあろう高い門を潜って、王宮に入る。殺伐とした戦場に暫く身を置いていたので、贅を尽くした絢爛な内装がいよいよ際立って見えた。


「失礼仕る」


 王妃の間に入る。秘境を思わせる淑やかな雰囲気は相変わらずであった。サイモン・フリッグと二人で訪れたのが懐かしい。陶芸品や絵画がぽつぽつと飾られた青白く細長い部屋の奥、藍色のドレスを着た美しい女が一人、手を組んで座っている。歩み寄ったバルコは、その面前で跪いた。


「バルコ・デュッフェル、参上仕りました」

「面を上げて下さい。久しぶりですね、デュッフェル衛士」

「は。王妃殿下もご壮健何よりにございます」


 ふっと浮かべた微笑には陰がある。何かあったようだ。自身の転属にも関係あるかもと、バルコは早々に切り出した。


「この度は栄職を賜り、不肖バルコ・デュッフェル、慶賀けいがに耐えませぬ」

「その件です。あなたも不思議に思っているでしょうが、経緯を説明します」

 常ならざる人事異動の認識は王妃にもあるようだ。一拍置いて、深刻な面持ちで彼女は言った。


「シリー一家全員が亡くなりました」


 愕然とする。シリー家と言えば、王子ジャック・シリーが暮らしていた家である。妾との間に出来た庶子しょしとは言え、シャオップ四世の血を引く唯一の男子だ。その彼が死んだというのか。


「一体、何故……」

「デューイの治安判事ちあんはんじ曰く、一家の遺体は屋敷で発見されたそうです。目立った外傷はなかったものの、ひどい蕁麻疹じんましんが出ていたと」

「すると、毒ですか。犯人は分かったのですか?」

「まだだそうです。というか、そもそも殺人事件である確証もないから、それも含めて捜査中のようですが、恐るべきは流言飛語りゅうげんひごです。黒幕はこの私だと、かかる噂がまことしやかにささやかれています」


「馬鹿な……。そのような世迷言を信じるたわけが?」

「世迷言とも言えないのよ。悪い事に、それなりの説得力があるのです。というのも、議会はこの間まで、ジャック・シリーの王位継承権をめぐって侃々諤々かんかんがくがくでしたから」

「ジャック様の? しかし、王位継承法では庶子にその権利を認めていない筈です」

「ええ。なので元老院は、それを認める改正案を提出しました。庶民院を通らず、成立はしなかったのだけど」


 バルコは混乱した。とりわけ保守的な議員の多い元老院で、かかる法案が作成された事にまず驚くが、そもそも発案者の気が知れない。何となれば、正当な後継者は健在なのだ。シャオップ四世とキーシャの間に産まれた、ハナリ王女である。しかるに庶子の継承権を認めるなど、王女を亡き者と扱うかの態度であり、極めて無礼、不謹慎である。


 王妃殿下と元老院は不仲なのか?


「なるほど。そこに来てジャック様の夭逝ようせつとあっては、あれこれ邪推する連中も出てくる訳ですね」

「私が暗殺者を仕向け、娘の競争相手を消したと、こういう噂を広めたい一派がいるようなのです」

「もしや、その不届きな輩の自作自演でしょうか?」

「かもしれません。いずれにせよ看過出来ません。先月の事ですが、王妃許すまじと叫ぶ連中から襲撃されました。飛語を真に受けたのか、そう演じていたのかは分かりませんが、マクドネル大尉――――あなたの前任者です――――が怪我を負わされました」


 穏やかではないな、とバルコは思った。やはり宮廷は伏魔殿ふくまでんか。話が見えてきた。


「かくて、後任に小官をご指名いただいたと」

「左様。〈竜甲騎〉の武名は、ここサンタニエルにも轟いております故」

「恐れ入ります」


 バルコは自身の役回りを理解した。抑止力である。一騎当千の騎士が護衛していれば、賊も簡単には手出し出来まいという寸法だ。納得する一方で、違和感は残った。いかに強かろうと、過去に一度会っただけの性根も分からぬ男を、側近に選んだりするだろうか。


「あなたを推挙する方がいたのです」

 内心が顔に出ていたか、キーシャが補足した。推挙と聞いて意外に思う。さして親しい間柄の人間は宮中にはいないが、一体誰だろう。


「ライダ・デュッフェル卿ですよ」

「父上が?」

「ええ。こちらから相談を持ち掛けたのですが、でしたら是非にも息子をと」


 そう言えば、父は元近衛師団長だ。王族との縁もあって然りだが、随分信頼されているようだ。息子として、身が引き締まる思いだった。


「そういう訳ですから、これから宜しくお願いしますね、バルコ」

 親しみを含んだ声色に喜びを感じつつ、バルコは、新しい主人に慇懃に辞儀した。

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