第7話 ククルーン攻城戦

 馬鞍に跨ったバルコは、一個分隊を率いて夜の森を進んでいた。率いてと言っても、先頭を行くのは梟隊の面々である。一帯の地理に明るく、とりわけ夜目がきく。夜襲を想定しダストンの師団に組み込まれた部隊で、日中の戦闘で次々に味方がたおれていく中、ククルーン内外の地理、設備、警備に関する諸々の情報をつぶさに収集してきた。いよいよ出番だと、彼らの士気は高かった。


 それにしても、初陣が夜襲とはな。


 内心、バルコは独言した。いかに砦に接近し、中に入るか……参謀が出した答えは簡単だった。夜襲である。夜であれば大砲は使えない。これまでも夜襲は検討されてきたものの、実行に移されなかったのは、成功の見込みがほとんど無いからだ。


 察するにククルーンには万の兵が控えており、かかる大軍勢と戦うならば、中途半端な数は送れない。ダストンの言葉を借りるなら、乾坤一擲の大攻勢となるだろう。大部隊を動かさざるを得なくなり、ともすれば機動を気取られる。奇襲性が損なわれた時点で夜襲は失敗だ。


 この二律背反にりつはいはんを解決し得るのが、バルコ・デュッフェルという特異な個であった。何となれば一騎当千の〈竜甲騎〉であり、一騎であるからして隠密性も保たれる。かくて、単騎突入の白羽の矢が立った次第である。


 森を抜けると、ククルーンはすぐそこだった。斜堤の向こう、堀に架かる橋が漠と見える。夜目は鍛えてきたつもりだが、いかんせん月明りもない暗夜である。流石と言おうか、梟隊にはその先も見えているようだった。


哨兵しょうへいは二人、油断しきっています」


 そのようだった。闇のとばりの向こうから、男達の喋り声が聞こえてくる。笑い声が混じり、夜襲など無いと思い込んでいるのか、真面目な勤務態度とは言えなかった。


「手筈通りに」


 バルコが指示すると、下馬した梟隊の二人が進み出た。忍び足で接近し、橋の袂から弓を引く。ひゅんと風を切る音がして、談笑が出し抜けに途絶えた。


 この闇夜で……。


 お見事、とバルコは感嘆ながらに口中で呟いた。古い武器である弓矢だが、静粛性では銃より優れる。彼らのような熟練の戦士が使えば、今日の戦争でも十分通用する。


 見張りを射止めた二人が戻ってくるのを確かめ、バルコは振り返った。左手に手綱を、右手に爆弾を持った屈強な男が、準備万端とばかりの顔で頷く。擲弾てきだん騎兵である。熱を操る霊術師でもあり、道具を用いず導火線に点火出来る。精鋭である擲弾兵部隊から借りてきた逸材だ。彼を引き連れ、バルコは馬を進めた。


 橋を渡る。門が見える位置まで来ると、哨兵二人の屍が夜目にも確認出来た。それぞれ、頭と胸を射貫かれている。


 擲弾兵が下馬する。瞳を閉じて、ぼそぼそ何かを唱え始めた。祝詞だ。しゅっ、と導火線に点火すると、手にした爆弾を勢いをつけて転がす。ごんっと閉ざされた扉にぶつかった一、二秒後、眩い炎が爆鳴を伴い闇を弾いた。二人の遺体とともに観音扉が吹っ飛び、火薬と血肉の混然としたにおいが鼻腔を突く。鐙に足を掛ける擲弾兵に、バルコは急ぎ戻るよう伝えた。


「本当にお一人で?」

 馬上に腰を戻した擲弾兵は、心配そうに訊いてきた。

「そういう作戦です」


 手短に答えるも、彼は物言いたげな顔だった。命令とは承知で、しかし納得は出来ていないのだろう。

 あるいは精鋭たる自負が、入隊間もない若造一人を敵陣に置き去る事に、慙愧ざんきを抱かせるのか。


 実際、少数精鋭で乗り込むという案も持ち上がったのだが、当のバルコがそれを拒否した。というのも、この第一波攻撃、自分以外では十死零生じゅっしれいせいである。あらゆる刀剣類、小火器を無力化する〈竜甲騎〉であればこそ、生還が見込めるのだ。

 加えて、同士討ちが起こり易い夜戦である、味方がいては存分に得物を振るえぬ。周りは全て敵がいいと、こういう考えであった。


「小官が受け持つのは、あくまで繋ぎです。さ、早く」


 撤退を催促すると、「ご武運を」と言い置いて擲弾兵は馬首を返した。遠退いていく馬蹄の響きを背後に聞きながら、破壊された門の向こうへと馬を走らせる。


 かしこかしこみ申す。天の竜よ、お力お貸し給え――――。


 静かに祝詞を唱えるや、霊糸れいしが自身と愛馬の身体を覆い、葡萄酒色の装甲に変わる。〈竜甲騎〉に変身し敵陣を走っていると、進行方向から、幾つもの小さな灯が近付いてくるのが見えた。敵の守備隊だ。爆発音を聞き駆け付けてきたのだ。その手の松明に照らされるより先に、バルコは、自ら近付いて先頭の一人に刺突を見舞った。


 こういうものか。


 命の手触りとも言うべき感触が、柄を通し手に伝わる。齢二十にして、初めての殺人である。幸か不幸か、味わう猶予は無かった。呆気に取られている敵勢に突っ込み、縦横無尽に霊槍を振り回す。首が飛び、四肢が飛び、立ち込める血煙の中を怒号と悲鳴が錯綜さくそうする。忽ち恐慌状態に陥った。


 敵もされるがままではないから、あちこちから白刃が飛んできた。しかし、悉くが霊鎧に弾かれ、持ち主共々血濡れた地面に沈んでいく。

 

 刀剣は効かぬと悟って、とある兵士が小銃を撃った。これが同士討ちを惹起じゃっきした。敵もまさか一騎で仕掛けてきたとは思っていないようで、新手だ何だと、誤情報が恐怖を触媒として闇に拡散していく。銃声が相次ぎ、兵士達はいよいよ敵味方の区別さえ付かぬほどに冷静さを失って、一帯は混乱の坩堝るつぼと化した。


「神よ!」


 斬撃の嵐を巻き起こしながら、阿鼻叫喚あびきょうかんの只中を走る。戦闘から殺戮へと様相が変化するうち、麻痺していた罪悪感が頭をもたげた。死に際の顔、顔、顔が、脳裏にこびり付いて心を汚染する。アーメットの裏側、苦い表情を浮かべたバルコは、呪文のように父の言葉を繰り返した。


 ――――一度戦場に赴いたなら、敵に情けは無用。間違っても助命しようなどとは思うな。それは慈悲ではない、偽善だ。お前が逃がした敵が、お前の味方を殺すのだ。いいか、バルコ。武器を持つとは、殺し殺される覚悟を持つという事だ。


 こいつらは王室の敵、国家の敵だ。根絶やしにするのだ、平和の為に。俺は、俺はっ……正義の為に戦っている!


 返り血を浴びる度、自らの行いを正当化するように必死に言い聞かせる。他方で、それこそ偽善だろうと非難を浴びせてくる自分もいる。良心こそ、最も厄介な敵だった。


 屍の山を築きながら、バルコは要塞内部へと侵攻していった。そうして一時間ほどが経った頃、どぉん、という轟音が白み始めた空を震わせた。どぉん、どぉんと背後で連続するそれは、砲撃音である。地面を抉り、設備と人馬を粉砕していくのが、振り返らずとも分かった。


 第二波攻撃が始まった。バルコの攪乱かくらんによって敵の注意を内側に向けさせている間に、砲兵隊を有効射程まで移動させ、なけなしの砲弾を撃ちまくる。参謀長、ドノー・ケルバンの博打的作戦が見事に成功した格好だった。


 夜明けとともに、殺意を漲らせた喚声かんせいが方々から聞こえてきた。止めの第三波攻撃である。白いたすきを掛けた決死の突撃隊であったが、彼らの仕事はほとんど残されていなかった。第一波、第二波の攻撃で、既に敵の戦意は挫かれていたのである。

 死屍累々の戦場でバルコを発見した時、突撃隊の面々が浮かべたのは戦慄だった。全身を朱殷しゅあんに染め、さぞ禍々しい血のにおいを放っているのだろうと、バルコは思った。


 間もなく守備隊が降伏し、ククルーンは陥落した。

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