第2話 最終試験

 稜線から射す陽の光が、碧雲へきうん曙色あけぼのいろに彩る。林床まで届くその輝きが、閉じた瞼の向こうから眼球を刺激して、バルコはゆっくり目を開けた。光と闇が、上空でグラデーションを成している。


「朝か……」


 むくっと起き上がり、水辺で顔を洗う。適当に朝食を済ませて、山を下り始めた。

 麓に向かって歩を進める。鬱蒼うっそうとした幅の狭い山道が、徐々に開けていく。田畑や農民の家がぽつぽつ見え始め、一時間もすると、円錐型の白い屋根が見えた。我が家だ。


 かんぬきが外され、木製の観音扉が開く。敷地に入ると、見慣れない葦毛あしげの馬が一頭いた。隆々と盛り上がったいかにもたくましい背中には、紅白のくらが置かれている。軍馬――――それも佐官以上の持馬だ。位の高い客人が来ているようだ。


「バルコ」


 声の方に顔を向ける。小麦色のチュニックを着た、父の姿があった。息子の帰りを待っていたようだ。傍らには赤い軍服を着た壮年が立っており、父の視線を追うようにこちらを向いた。


 軍馬の騎手だろう。赤服は近衛師団の証で、朝日を弾く胸の徽章きしょうを見るに、佐官以上の高級幹部だ。 


「父上、ただ今戻りました」


 二人に歩み寄ったバルコは、そう言って軽く頭を下げた。「うん」と頷いた父は、こちらを顎で指しながら傍らの男に言った。 


せがれだ」

「バルコ・デュッフェルです」


 男に身体を向け、辞儀する。父の客人とあれば、こちらから挨拶するのが筋だ。


「サイモン・フリッグ。近衛師団第二連隊長だ」


 差し出された手を、バルコは緊張しながら握り返した。第二連隊と言えば、王妃の親衛隊だ。


「話は父君から聞いているよ。何でも……」

「百聞は一見にしかず、だ」


 片手を挙げて、父がサイモンの弁を遮った。素直に従う辺り、父を慕っているらしい。父も元軍人であるから、部下だったのかもしれない。


に着替えてきなさい」


 汚れたリネンの服を父は目で指した。道着というのは父が着ている小麦色のチュニックの事で、鍛錬の時は決まってこの服装だった。


 屋敷に入る。二週間ぶりに再会した母、弟妹との挨拶もそこそこに、バルコは自室に向かって小麦色のチュニックに着替えた。父を待たせているので、足早に庭に戻る。


「よし。では始めよう」


 五歩程度の距離を置き、正対する父が言った。脇で見ているサイモンを視界の外にして、バルコは、最終試験に集中した。

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