ニュークラント物語 Ⅰ

さとう

崩壊編

第1話 一人きりの星空

 ぱち、ぱち、という小気味好い音が止んだ。闇を押し退けていた焚き火のオレンジ色は、ゆっくりと明度を落としていき、やがて闇に帰した。灰色に崩れた木の枝と落ち葉の上を煙が漂い、そのにおいが鼻腔びこうに広がる。


 地上の灯は消えても、暗いとは感じなかった。晴れ渡った夜空に、無数の星々が輝いているからだ。ひんやりと冷たい土の上に仰向けに寝たバルコ・デュッフェルは、静謐せいひつな森に響くふくろうの夜鳴きを聞きながら、巨大な宝石箱が蓋を開けたかの煌々こうこうたる晩夏の天を眺めていた。


「アンキュナス、ワプス……あれはメギナか」


 等級の異なる孤独な光点を結んで、星座を描く。神話に登場する神々を象ったものが多い。このニュークラント王国が築かれる遥か昔、大陸の諸国がミラナ帝国という一つの巨大国家だった頃に信仰されていた、古い神々だ。


 今日のフェニール教が国教の地位を確立するまで、神とは、全知全能の唯一無二ではなく、沢山存在し、様々な事物をそれぞれが司っていた。多くの人にとってそれが真実であり、そう信じる事が許されていた時代だった。


 げっぷが出た。一時間前に食べた蛇肉の後味が口中に広がる。この裏山にこもって二週間になるが、原始的な狩猟生活も今日で終わりだ。明日には山を下り、家に帰る。試験は最終段階に入り、父との一対一の問答、力試しが待っている。これに受かれば一人前の〈りゅうこう〉として認められ、自分も晴れて王立軍の軍人だ。バルコは、二十年の生涯を振り返った。


 優秀な霊術軍人を輩出してきた軍事貴族の長男という、自らの立場を自覚したのは六歳の時だった。王都郊外の学校に通う為、愛する家族と離れ、外の世界に一人で旅立たねばならなかった。その現実を受け入れられず、ぐずっていた時、真摯な瞳で母はこう言った。


 ――――お前は、王室に仕える騎士になるのですよ。心を強く持ちなさい。


 十五歳で陸軍幼年学校を卒業し、士官学校に進学した。学科は霊兵科だ。剣術や馬術といった基礎的素養に加え、霊術軍人の専門分野たる霊術、及び用兵との応用を学んだ。人付き合いが得意なたちではないから、賑やかな学生生活とはならなかったが、それでも信頼出来る友数人は得た。


 十八歳で霊兵科を卒業後、この田舎に戻ってきた。同級生は皆軍に入隊したが、バルコは、デュッフェル家の長男として〈竜甲騎〉の称号を引き継がねばならない。その為に必要な一子相伝いっしそうでんの技術を、父から直々に、二年かけてみっちり叩き込まれた。今は、その成果を示している最中である。


 涼しい風が吹き、木々の枝葉がさわさわと揺れた。夏も盛りを過ぎて、夜は随分ずいぶん過ごし易くなった。薄手のリネン一枚を着た身体の上には何もかけず、睡魔に身を委ねる事にした。


 まぶたを閉じる直前、一際強く輝く星々があった。ヴリハンドラ――――デュッフェル家の家紋にも描かれている、ミラナ神話に登場する破壊竜の星座だった。

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