3話 疑問文

「次に疑問文ね。疑問文は、be動詞を文頭に移動させるの。移動させたらちゃんと文頭を大文字にするのと、最後をクエスチョンマークに変えるのが注意点ね。例えば……」


 朝雛あさひなは、ホワイトボードにAre you a child?と書いた。


「こんな感じ」


「I am not a child.」


 書いただけなのに、すぐ否定しちゃって。可愛いなあ。そう思っても、口には出さない朝雛。


「返事をする時は、わざわざ全部言わなくてもいいんだよ。否定するならNo, I am not.で、肯定するならYes, I am.みたいにね。この点はコンマで、日本語の読点と同じ役割だよ」


「うん、わかった」


「あとは……、最初にthisで聞かれてもthatで聞かれても答える時はitして、人の名前で聞かれた時はheかsheにするの。日本語でも、結唯ゆいくんは学んだ。結唯くんは書いた。結唯くんは笑った。みたいに書かないでしょ?それと同じ」


「確かに、そうかも」


「じゃあ、ちょっとだけ待っててね」


「うん」


 朝雛は疑問形の要点と注意点をホワイトボードにまとめると、ルーズリーフを取り出して、練習問題を作り始める。

 疑問文と否定文はもちろん入れるけど、肯定文も入れて、会話文の問題も作ろうかな。小学生には難しいだろうけど、結唯くんなら解ける気がするんだよね。

 そんな風に考えながら、スラスラと問題を作っていく朝雛は、楽しそうだった。




「はい、これ。解いてみて」


「え、今書いたの?」


「そうだけど?」


 当然のようにしている朝雛に、驚いた様子の結唯。

 実際、教える準備をしていなかった朝雛が何も見ずに教えて、練習問題さえ用意出来るのは異常だろう。内容も、中学一年生の単元にしっかりと沿っている。


「すごい。先生みたい」


「朝雛先生って呼んでもいいよ?」


「それは、いや」


「嫌か。残念」


 そう言いつつも、朝雛は全く残念そうでは無かった。






「全問正解だよ、凄い!」


「よかった」


 ホワイトボードを見ながら、辞書で単語を調べながらとは言え、結唯は会話文の問題も含めて、全て正解していた。


「今日、始めて英語を習ったんでしょ?本当に凄いんだよ?」


「さ、さっきの説明が、わかりやすかったから」


「それでも!結唯くん、頭いいね!」


「そ、その、ち、ち、近い……!」


 朝雛が感動した結果、距離が近付いた。でも、あくまでも少し近付いただけ。顔が近いわけでも無い。


 では何故、結唯の様子がおかしいのか。


 朝雛は、胸が小さい方である。

 小学六年生結唯の同級生と比べれば確かにあるものの、それは制服の上からでは分かりにくい、数値にすれば数センチの些細な違いだ。

 だが、その小さな違いは朝雛が上下に動いた事によって浮かび上がり、。それが結唯の目を奪い、全身の血液を沸騰させたのだ。


「そう?ごめんごめん」


 幸いにも、朝雛には気付かれなかったようだ。それでも、結唯が落ち着くのには時間が掛かるだろう。

 今の出来事は、結唯が女性の胸を初めて意識した瞬間であり、朝雛が大人の女性であると実感した瞬間でもある。

 すぐに落ち着くのは不可能だ。


「あ、もう少しで正午だね。移動した方がいいよ」


「わ、わかった。教えてくれて、ありがと」


「どういたしまして。私はまだここに居るから、授業が終わったら会いに来て欲しいな」


「……うん、そうする」


 結唯は顔を合わせる事すら出来ずに、勉強道具をまとめながら答えると、逃げるように自習室から出た。






「よし、今日の体験はこれで終わりだな。どうだった?」


「……楽しかったです」


 結唯は天野あまのの問いに対して、ぎこちなく答える。

 授業は理解出来た。しかし、それは朝雛の予習のおかげであり、結唯が楽しかったのは授業では無く、朝雛との時間だったのだ。


「それは良かった。次の体験は、……明後日か。またよろしく」


「分かりました」


 結唯の頭の中には、再び朝雛と会う事しか無い。急いで荷物をまとめて、早足で自習室に入る。


「お、ちゃんと来てくれて良かった」


「言われたから」


 朝雛は何かを書いていたが、ちょうど終わったようだ。ペンを置いて、結唯に尋ねる。


「今日はもう終わり?」


「うん。次は明後日だって」


「またプリント貰ったでしょ?ちょっと見せてくれない?」


「うん?」


 何でだろう。結唯はそう思いつつも、鞄からプリントを出した。


「……やっぱり。これ、私からの宿題。無理にやらなくてもいいけど、目は通して欲しいな」


 天野が出した宿題は、今日の内容の復習だけだった。それを予想していた朝雛は、使うであろう英単語を手書きした、二枚のルーズリーフを渡した。片方は問題用紙、もう片方は答案用紙になっている。


「……ありがと。ちゃんとやる」


 結唯は宿題が増えた事に対する落胆と共に、わざわざ用意してくれた事に対する感謝も感じていた。


「このまま、ここに通うの?」


「わからない」


 朝雛との時間はともかく、授業は面白くなかったので結唯は迷っていた。それに、最終的に決めるのは両親だ。


「……そっか。明後日も私はここに居るから、また会おうね?」


「うん!」


 手をひらひらと振る朝雛の仕草に少しだけ照れながらも、結唯はバイバイと言って塾を出る。

 こうして、結唯は始めての体験授業を終えた。

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