星月夜(ほしづきよ),雷鳴一閃

 男は俺の目を見て,

「見つけたぜ.青目」

 と言い,俺の肩にドスを振り下ろしてきた.

 俺は何とか反射的に後ろに一歩下がることで,ドスを避けられた.

「は? なんで動けるんだ?」

 良く分からなかったが,俺は急いでメアリーの手を引っ張って逃げた.

 

「メアリー! 大丈夫か! ちょっと早いかもしれないけど,付いてきてくれ!」

 息を荒げ,前傾姿勢のまま全力で走った.

「全然大丈夫! 私,陸上やってたから結構足早いの!」

 彼女は握っていた手をほどき,俺の前を美しいフォームで颯爽とける.

「ああ......そう」

「このままじゃあ,追いつかれる.ビルの間を走って,逃げ切ろう!」

 無我夢中でメアリーを追いかけた.えーと,左に曲がって,次に右に曲がって,そんで次が......どっちだったっけ.とにかく,男から逃げきれるように走った.

「ここに入っちゃおう!」

 メアリーはそういって,俺たちは古びた雑居ビルに入っていった.入口に居るとひょっこり覗かれたら姿がバレるから,ゆっくり息を整えながら階段を上がった.ビルの屋上に繋がるドアの鍵が開いていて,そのまま屋上に辿り着いた.息を切らせている俺を尻目に,メアリーはバックからスタンガンを準備した.

「ちょっとしてから,人通りの多い通りに行こうか」

「うん......ホシロー君,いつもこんな感じなの?」

「もしそうなら,俺の腹に穴が2,3個あるよ」

「俺が今日,何発でも開けてやるよ」

 俺とメアリーが屋上のドアのほうを振り返ると,赤い目の巨漢がいた.身長は2メートルくらいはありそうだ.

 メアリーを腕で庇いつつも,ビビって少し後退りする.

「やっぱ,お前には効かねーみたいだな.青目には効かねーのか?」

 俺には効かない? もう何か能力を発動させているのか?

「まあ,いいや.能力が無くても勝てんだろ」

 男はそう言いつつ一気に俺との距離を詰め,ドスを振り下ろした.

 ある男の叫声きょうせいが渋谷の夜に響いた.

 

 メアリーは男の背後から,スタンガンを男の首に突き刺した.

 男は俺の方に倒れてきて,頭から床に突っ伏した.大柄な男だからか,少しビクッとなるほどの大きな音がした.

「メアリー! いや,茉莉様! ありがとう!!」

 メアリーを拝み倒した.俺の拝んでいる手が震えていた.メアリーのスタンガンも震えていた.お互いに震えていることが,何だか可笑しくて俺達は無理して笑った.

「そのスタンガン,威力凄くない?」

「多分,お父さんがちょっと改造したんじゃないかな.私のお父さん,電気屋だから」

 男の持っていたドスを鞘に入れた.なんだか,持っているのが怖くて,ビルからドスを投げ捨てた.もちろん,落としても誰にも当たらない場所に捨てた.ルージュを買った時に貰ったビニール袋で男の腕を縛った.

「警察......呼ぶ?」

「一応,呼んでおこうか」

 俺はモバイルバッテリーをに繋がれた携帯から,現在の状況を警察に話した.

 

「良し,これで一件落着」

「色々あってちょっと疲れちゃった」

「とりあえず,ハイタッチ!」

 俺はメアリーに手のひらを突き出した.

 なのに,メアリーはこっちに来てハイタッチに応じてくれない.

「どうした?」

「何か,足が,動かないの」

 ”なんで動けるんだ”,”お前には効かない”,そして男の赤い目.これら3つの材料から1つの結論が下された.この結論は今の現状において,最悪の事態を示していた.

 咄嗟に彼女のほうに走ったが,間に合わなかった.

「この女はどっから湧いて出てきたんだ?」

 そう言い放ち,後ろから男はメアリーの腰に足刀そくとう蹴りをした.

 メアリーは俺の方に吹っ飛んできた.何とか彼女を受け止めた.

「メアリー!」

「だい,じょう...ぶ.痛いけど......」

 メアリーはフラフラしていたが,何とか自力で立ち上がった.でも,まだ足元が安定していなかったから,俺は肩を貸してあげた.

「俺が用あんのは,青目のほうなんだから,赤目の女は引っ込んどけ」

 男は腕に絡まっているビニール袋を力で引きちぎった.

「だったら,蹴る必要は無かっただろ!」

「男のタイマンに急に出てきたのは女の方だろ」

 ”急に出てきた”という発言が妙に引っかかった.さっき,メアリーが”湧いて出てきた”とも言っていたな.

 そうか.分かったぞ.攻略の糸口が.

 攻略の時間稼ぎには,どうやら俺にかかってるな.普段からもっと体を鍛えておけばよかった.

「メアリー! スタンガンを貸せ!」

 俺は男の方を向いたまま大きな声で,メアリーに伝えた.その後,小声であることを依頼した.

「ホシロー! 待って!」

「メアリー.モブキャラから一気に主役だぜ.後は任せた」

 俺はそう言って,彼女と離れて,男の前に立った.


 1回だけ深呼吸をした後に,男の方に突っ込んでいった.右手にある武器を男の肉体に,どうにかして接触させよう.

 今まで大した喧嘩はしたこと無いし,何か格闘技を習っていたわけでもない.だから,大振りになってしまう.男の体はデカいくせに俊敏に動き俺の攻撃を対して,正確に精密に回避する.その隙に俺は殴られる.攻撃する,避けられる,殴られる,攻撃する,避けられる,殴られる,この繰り返し.

「さっきの電撃のせいか,何か動きが鈍くなってんな」

 1回殴られるたびにドンドン俺の視界が白くなっていく.

「お前は喧嘩何かしたことないだろ,もやしが」

 俺にはもう,答える余裕が無かった.息を吐く度に,血が口から垂れ落ちる.もう男の顔をはっきり認識することは出来ない.周りをチラっと確認すると,メアリーの姿も見えない.

 俺,どうかしちまったのか.

「お前の目をえぐれば,それで仕事は終わりなんだけどよ~.弱い奴をいたぶっているのが一番おもしれーから.もうちょい耐えてくれよ」

「朝まで......付き合ってやるよ.......」

 男は噴き出して,高笑い.急に左手で俺の胸倉を掴んだ.

「発言には責任持てよ」

 右手で俺は何度も何度も殴られた.もう,痛みに脳が反応しなくなってきた.

 自分の口や鼻から出る血液が男の拳を通じて,俺の目に次々に付着する.

 もう何回殴られたか,分からない.

 段々痛みが,一種の快楽になってくる.死ぬ時ってこんな感じなのか.

 

「もういいや.死ね」

 今まで一番インパクトの強い拳で吹き飛ばされた.体から力が抜け,握っていた武器を落ちてしまった.

「あ?」

 男がその武器を拾った.

「バッテリーか? これ?」

 その瞬間,男の首に雷が落ちたように,周りの世界が一瞬だけ全て真っ白になった.


「ホシロー! ホシロー!!」

 作戦成功だな.

 メアリーの声は聞こえるのに,どこに居るのかが分からない.

 間もなくして,俺は気を失った.

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