ファントム

 チェキの裏に書かれた情報から,SNSでメアリーと連絡が取れた.地下アイドルとして,これはやっていい行為なのだろうか.

 ある喫茶店の前で17時に集合する予定となった.スマホの充電がいよいよ無くなる.ドタキャンされたら詰んでしまう.そんな不安の中,小走りでメアリーが近づいてきた.

「呼び出してごめんなさい」

 地味な白いワンピースに着替えてきていた.髪型は変わらずぱっつんボブカットで,目は黒かった.

 メアリーから何かわかるかもしれない.彼女はモジモジしながらこんなことを聞いて来た.

「貴方の知り合いに青い目の人いる?」

「知らないな」

 そう答えると,メアリーは微妙な表情で”なんでもない”と手を振った.

「じゃあ,とりあえず入ろうか」

 喫茶店を指さすと,メアリーはこくこく頷いた.

 

「私,この喫茶店にね,ずっと入ってみたかったけど.あ,入れないっていうのは精神的にって意味じゃないよ」

 ちょっと意味が分からなかったが,店内に入ると分かった.

 店内に入るとメアリーは灼眼しゃくがんを取り戻したこと.

「1名様ですか?」

 これがメアリーの無視されるっていう現象なのか.

 ん? 待てよ.メアリーが赤い目になると周りの人間から無視されるんだろ. じゃあ,なんで俺は彼女のことを認識できているか? 彼女の聞きたかったことはこれか.もっと早く気付くべきだった.

「いや,ここにもう1人います」

 無意識にこう言ってしまい,メアリーの肩をトントンと叩いてしまった.こんなことを言っても相手には伝わらないだろう.

 そう思っていたのだが,店員はメアリーのことを急に認識したようで,

「申し訳ありません! お2人様ですね!」

 店員は慌てながらに訂正した.

 俺達はお互いを見合って,首を傾げた.この時のメアリーの目はまだ赤かった.じっくり見てみると目が光っているって結構異様な光景だな.

「あ,ホシローさんの目は今,青いよ」

 俺も異様な人間だった.


 店の中は若干薄暗く,良く分からない白黒の外国人の写真がたくさん壁に貼られていた.周りを見渡すと,スーツを着ている人が多いように感じる.

「一人で茶しばくことも出来ないのって,しんどい人生だな」

「こんな事になっちゃったのはね,2ヵ月前くらいから」

 俺も赤い目が,見えるようになってきたのは,2か月前くらいだった気がするような......

「ホシローさんは,どんな呪いなの?」

「俺の場合は,人の目が時々赤く見えるだけ」

「特に呪い無いんだ.いいな~」

「自撮りとかしないから,さっき目が青くなることに気づいたレベル」

「ああー,多分,他の人もホシローさんの目が青いことに気づいてないよ」

 嘘つき呼ばわりされたことが,脳裏をよぎる.

「ホシローさん,店員さんに自分の目の色を聞いてみてよ」

 メニューを見ると多種多様なコーヒーがあり,一番安いコーヒーを頼むことにする.

「えーと,じゃあ私は......」

 ずっと前から来てみたかったって言ってたし,悩むのも無理ないか.

「クリームソーダが飲みたい」

 赤い目の少女は,目だけじゃなくて顔まで赤くなっていた.


 手はず通りに店員を呼んで,注文を取ってもらった.

「僕の目の色,何色に見えます?」

 急に恥ずかしくなった.

 案の定,店員は困惑した表情で

「黒?」

 と戸惑いがちに言ってくれた.実験成功.

「ほらね,私から見てホシローさんの目は青色なのに,黒色だって」

「ていうか,”さん”付けしないでいいよ」

「あの,これは癖みたいなものだから,すぐにはちょっと直せないかも」

 特段,強制するつもりはないし構わない.

「私ね,積極的な性格だとは思うけど,何か人見知り,なんだよね」

 積極的な人見知りねー.ちょっと矛盾しているような.

「東京の方に来て急に”アイドルやろう!”ってなってたのに.この呪いのせいで全ッ然上手く行かないし」

 愚痴っぽくなってきた.話すスピードも加速.ここでコーヒーとクリームソーダが届く.彼女は,クリームソーダのアイスの部分をむしゃむしゃ食べながら愚痴を続けた. 

「私の名前は茉莉マリだから,Maryって名前で事務所に提出したら,”メアリー”になっちゃうし」

 そりゃ,不運だな.

「お父さんから心配の電話が毎週来るし」

 いい父親じゃないか.

「お父さんからこんなモノが届くし」

 そう言ってデカいスタンガンを机の上に出した.俺の手よりも大きいサイズである.結構カッコイイ.

「この呪いのせいで悪い事ばかり.しょせん,モブキャラの私にアイドルなんて無理だったのかな......」

 

 ほっとした俺はコーヒーを一口飲み,スタンガンを手に持ってみた.

「呪いって言い方が良くない.もっとカッコイイ名前を付けよう」

 えーと,ちょっと考えて.

「”ファントム”っていうのはどうだ?」

「ファントム」

「カッコイイだろ? 言霊を俺は信じるから」

「ちょっと恥ずかしいよ」

 あれ? 残念である.メアリーは目を黒色にして,少し笑ってくれた.

「あ.目が黒い色になったよ,ホシロー君」

 アレ? 俺も?


 そろそろ解散するのかと思ったが,有名な化粧品専門店に連れて来られた.メアリーは"ルージュが欲しい"とか言う.

 店内に入ると涼しいエアコンの風と共に,存在感はありつつも不快感の無い匂いが俺達を出迎えた.周りを見ると明らかに年齢層が高めだから,正直俺たちの存在は浮いていた.

 50種類くらい同じ赤色の口紅がズラッと並んでいて,5分くらいでメアリーが数個厳選していた.

 なんだ,ルージュって口紅のことだったのか.

 その中でどれが一番良いかを30分近く悩んでいる.時々俺の意見を聞いてくるが,答えてもこれと言ってメアリーの中で響かないらしい.

「ごめん,もうちょっと悩んじゃうかも」

 モバ充を買い行くこととした.モバ充を買うこと何て高々10分程度しか掛からない.俺が戻ってきても,まだ彼女は悩んでいた.

 そこから1時間くらいして,ようやく決心してくれた.俺に決済してほしいとあるルージュを渡す.

 レジに持っていくと”プレゼント包装にしますか?”と聞かれて,反射的にメアリーの肩に手を置く.

「この子に今渡すので要りません」

 店員さんは,まるでメアリーが瞬間移動をしてきたのかの如く,驚いていた.

 この現象,さっきもあったような気がする.ここである仮説が俺の頭に浮かんだ.

 決済をクレジットカードで済ませて,俺達はすぐに店を出た.

「なあ,俺の能力について,検討が付いたんだ」

「え? あ,呪.....能力のことね.」

「俺の仮定では,”能力を無効化出来る”っていう能力なんじゃないかって思うんだ」

 

 根拠1.周りの人がメアリーの存在に気づいていないのに,俺は彼女が見えている瞬間がある.喫茶店でも化粧品店でも,メアリーの存在に店員が気づいていなかった.しかし俺がメアリーに触れた瞬間,店員はメアリーの存在に気づきリアクションを取る.メアリーに触れることで,彼女の能力を無効化出来たと考えられる.

 根拠2.メアリーの緊張が解けて目が黒色になった瞬間,俺の目も黒色になった.俺の能力はある能力に対して反抗する.だから彼女の能力が発動しなければ,必然的に俺の能力も発動しない.俺の目も黒色に戻った理由はこのせいだと考えられる.

 根拠3.普段の生活で鏡を見る時に,自分の目が青色でない.この理由は自分の姿を鏡で見る時に,俺の近くで誰かの能力が発動していないから.


「以上のことから,”能力を無効化出来る”って結論付けた.まだ裏付けが足りないから,的外れかもしれないけどね」

 メアリーは静かに俺の演説を聞いてくれていた.

「うーん,ごめん,良く分からないかも」

 いきなり,ダラダラと言われても分からないか.

「裏付け調査の開始だな」

 結構楽しみになってきた.こんな奇怪な現象は,中々体験できないぞ.俺は久しぶりにワクワクしていた.

「もしその仮定が正しいとする.そうなら,ホシロー君が私に触れていれば,私は無視されないの?」

「そういうことになるな」

「今度から私がライブやる時に,ホシロー君には黒衣くろごになって,ずっと私の肩に手を置いてほしいな」

 メアリーは,胸の前でギュッとルージュの入った袋を握った.

「人見知りって自分で言うけど,そんなことないと思うぜ」

 日が落ちて,涼しくなっているのに,急に顔が熱くなってきた.一刹那いっせつなの沈黙が流れ,

「裏付け調査,私も連れてってください」

 夕方かと勘違いするほどに,彼女の目は光っていた.

 当然ながら了承し,その場で俺たちは次に会う予定を合わせた.

 今日はいい日だ.

 よく眠れそう.

 

「おにいさん,ちょっと良いか?」

 知らない男が,俺の肩を叩いてきた.

 振り返ると,シャツをパッツパツに着た大柄の男が俺の前に立っていた.

 どうやら,神様はいるようで,連荘レンチャンだ.男も赤い目をしていた.

 さらに,男の右手にはドスが握られていた.設定の合わせ技一本だ.

 

 前言撤回.

 今日は最低の日かも.

 でも,本当によく眠れてしまうのかもしれない.

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