1 ノエル、前世を振り返る。

 俺、萱島拓真かやしまたくまは恵まれた人生を送っていた。

 いわゆる勝組と言っても言い過ぎじゃあない。大手企業の役員として上手く立ち回り、次期社長と言われている父親、そして現社長の一人娘で専業主婦の母親の間の一人息子として生まれ、関係はそれなりに良好。親ガチャは成功といったところだろう。さらにいうと、俺の顔面も美男美女だった両親の遺伝子を強く受け継いでそれなりのものだった。

 つまりラッキーなことに環境にも素材にも恵まれていた俺は、たいそうモテていたわけだ。

 たとえばちょっといいな、と思った女の子に声をかけたとする。

 目が合って、挨拶して、じわじわと俺の存在を認識してもらえるようになったらもう勝確である。ちょっと話を合わせるだけですぐに付き合えた。彼女が言ってほしい言葉をかけて、聞いて欲しい話を親身に聞いてあげる。秘訣といえばそれぐらいのもので、別に誰かにアドバイスできるようなたいしたことは何もしていない。

 野郎共から妬まれることは必然で友達は一人もいなかったけど、たくさんの女の子に囲まれる生活の代償と思えばそれほどしんどかったわけでもない。女の子をとっかえひっかえしているだの、節操がないだの言われてはいたけれど、所詮、外野の野次、負け犬の戯言である。それに、勘違いされがちだったが俺は彼女たちみんなを公平に愛していた。恋愛シミュレーションゲームとかでもあるだろ? ヒロインみんなが主人公のことが大好きで、優柔不断となじられながらもちやほやされ続ける、誰も傷つかない大団円エンド。

 というわけで、高三の夏、俺には十人の「恋人」がいた――こういう言い方はあまり好ましいものではないが、十股である。


 ちなみに例の「あれ」と出会ったのは九人目の彼女の影響である。


 確か夏休みの真っ最中だった。梅雨明けの真っ青な空の下、夏期講習が終わった直後の教室で、だっただろうか。女子ウケだけではなく先生ウケもよかった俺は、推薦でほぼ進学先が決まる見込みで、受験期の切迫感とは無縁だった。その代わり、よく恋人たちの勉強を見てあげたり、いつもどおり景気よく遊んだりしたものだ。

 【エトワール・ブラン】。

 ケーキ屋か何かの名前にも似たそれを、恋人⑨が嬉々とした表情で語り始めたときも笑顔で頷いていた。ところで志望校C判定と泣きついてきたおまえは勉強しなくていいのか、というツッコミが喉のところまで出かかったが賢明な俺は口を閉じる。若干オタク気質だが授業では教えてくれない雑学にも詳しくて、俺が知らない世界を見せてくれる彼女が新鮮に思えて、いいなと思っていた――何より、好きなものについて語る女の子ほど可愛いものはない。

 どうやら【エトワール・ブラン】というのはスマートフォンで遊ぶゲームのタイトルらしい。

 ついに話しているだけでは我慢できなくなったのか、彼女は机に広げたままだった模試の答案を投げ出して、いそいそとスマホを取り出しアプリを起動してしまった。あーあ、と内心のため息を吐きながら画面を覗き込む。額がくっつきそうな距離で、キスに持ち込めるかな、と思ったけど恋人⑨の視線は画面に釘付けである。

『エトブラはね、ストーリーもめちゃいいんだけどキャラデザが最高なんよ! 見て、このオープニングムービーもすごいっしょ? グラフィックがまじで綺麗……あっこれが私の推しなん! ちょっとたっくんに似てへん?』

『……ええ、そうかな?』

 プレイヤーは異世界に召喚された特別な少女【白銀星エトワール・ブラン】として、世界を救う――まぁありふれた設定だった。内容としてはちまちまとログインして石を溜めてガチャを回してレアカードを引く。たっくんがフレンドになってくれればガチャがたくさん回せるんだけど、なんてにこにこしながら言われれば、俺はノーとは言わない(言えない)。

 ふつ、と頭に浮かんでいた夏の教室が消える。

 シャットダウンされる寸前の画面みたいに、ちかちかと頭の中が明滅する。あの子に半ば強制的にダウンロードさせられたゲームの主題歌が、ぐわんぐわん頭に鳴り響いていた。

 運命さえ超えて、とか、血の薔薇を踏み、とかなんとか。厨二病じみていて不吉な歌詞や転調が多いメロディもどうも好きになれなかったのに、やけに頭に残る。

 そして鳴り響いた華やかなファンファーレと共に、物語の幕が上がる。


 エトワール・ブラン――ログインする直前の、タイトルコールが聞こえた。

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