きっかけはほんの些細な事

大きなお世話

私、水木早苗（みずきさなえ）、３１歳。独身。派遣社員として働いている。

え、『正社員じゃないの？生活できるの？』　だって？そうね、一人暮らしなら確かに暮らせないかもしれないけど、私。実家暮らしだし。

え、『実家に寄生してるの？』だって！失礼ね！ちゃんと家にお金を入れているし、家の家事も手伝っているわよ。寄生じゃなくて、生活共同体。母と二人助け合いながら暮らしてるわ。

え、『正社員になってお母さん楽させてあげないの？』　だって！！派遣で働くように勧めてくれたのは母だもの。じゃ聞くけど、なぜ正社員がよくて、派遣社員だといけないわけ、それこそ派遣社員に対する偏見じゃないの！

確かに派遣先で仕事をこなせなくてお荷物になっている人を見てきてるわよ。でも私は違う。社員に登用するという話が何回も出たし、『君ならどこに行っても通用する』って直属の上司から何回も言われた。１０年以上一日も仕事が途切れていないのがその証拠。派遣会社の信用も得ているしね。

それに派遣会社では健康保険も、厚生年金もついてくるから、ボーナスが無いのが違うくらい。ボーナスが出るからといって体壊（からだこわ）したら何にもならないじゃない。自分にあった働き方が一番よ。

私は強度の人嫌いの人見知り。強度の方向音痴。だから、プレゼンとか出張とかが大嫌い。人前で話したり、一人で知らない土地に行くことなんて到底無理。だから正社員にならないの。

私の人見知りは幼いころからとゆう根の深さなんだけど、中学校では人嫌いが高じて不登校になってほとんど行けなかった。で、高校をどうしようという話になって、私は『事務員になりたい』というのが夢だったから、私立の商業高校を受けたけど失敗。母が県立夜間高校の商業課を見つけてきてくれてそこを受験することにした。

もう後がないと勉強も頑張ったけど、母に言わせれば倍率が１を切っているから、受ければ合格できる。という事だったらしい。

結果は合格（当然と言えば当然）私は夜間高校に通い始めた。その高校は家から歩いて通えるところにあったのも幸いして、４年かけて高校を卒業。４年生では初のバイトも経験した。

高校を出て、小さなレンタル会社に正社員で就職したのだが、それがいわゆるブラック企業。

役員全員が家族で、私は会長のサンドパックのために雇われたらしい。仕事よりも雑用や暴言を吐かれるのにメンタルをやられそうになり数か月で退職。

それからはバイトを探して数か月放浪したけど、あるレストランの皿洗いのバイトを見つけて就職。そこは駅のショッピングモールにあってバスがあるから通勤は大丈夫だったけど、とにかく忙しい。大量の皿やコップを必要な物から予洗いして食洗器に入れる作業。目配りしてどの食器が足らなくなりそうとか考えながら仕事していたから頭が鍛えられたわ。

ところが、そこが急に閉店になってしまった。雇用保険の給付は受けられるけど、又職探しをしなくてはならなくなった。

ハローワークに行ったときに「事務員希望です」と係の人に行ったら、

「あなたみたいに学校も出ていなくて、経歴も無い人とる企業なんてないわよ！」と鼻で笑われた。今なら経験がある人を雇うのが企業としてはあたり前と思えるけど当時は「じゃどこで経験積めばいいのよ」と憤（いきどお）るしかなかった。

その話を聞いた母が、「後ろ盾が必要なら派遣社員として働いてみたら？」

と提案してきた。なんでも昔、スーパー派遣が行った会社のシステムを変える働きをするドラマを見たことがあって、仕事が出来る派遣がとてもかっこよかったらしい。

私は派遣にマイナスのイメージしかなかったから、とことん調べた。そしてとにかく話を聞いてみようとある派遣会社に面接に行った。

面接をしてくれた社員はとても親切だった。そして私のタイピングの速さにとても驚いた。登録社員の中でも全国で指折りに入る速さだと褒められた。実は私、中学校の不登校の時に母にブラインドタッチのやり方を教えてもらって、毎日キーボードを打っていたの。ランキングゲームでもかなり上位だったからタイピングには自信があったのよね。

「これを武器にしましょう」と言って下さってその日のうちに派遣社員として登録した。

とはいっても仕事はしばらくは決まらなかった。焦りが出始めた頃、担当者が

「保険会社で１０人ほど一度に採用するらしいんだが受けない？OA事務の会社だから、タイピングの技術が生きると思うよ｝と願っても無い話。

面接を受けて無事採用。その時はまだ２０歳だった。誕生日が来てすぐ２１歳になったけど。

最初の部署でも私のように若い派遣っていなかったのよね。私自身は念願のオフィス務めだし。仕事を覚えるのは楽しいし、とにかくお給料をもらうからにはちゃんと働かなきゃって一生懸命働いたよ。

働き始めて暫くして、『派遣の3年ルール』とゆう法律が出来た。派遣社員は同じ会社に3年しか働けない。正社員への登用などが進むかと思われたが、結果は派遣切りが横行するということになってしまった。

でも、私にはそれが有利に働いたわ。どんなに嫌なことがあっても3年我慢すればほかの会社に行かれるんだから。保険会社を渡り歩いて、今は商社に勤めてる。派遣会社の方も１０年以上何ももめごとを起こさず、勤め続けているから契約が切れるころには新しい会社を優先的に紹介してくれる。

３０代の間はいろいろな会社で経験を積むつもり。私は結婚する気も無いから、将来の事を考えて貯金に励んでる。

正社員だからって無能じゃどうしようもない。無理して働いて体を壊しても会社は責任取ってくれない。だから私は派遣でこれからも働く。

いろいろ言う人がいるけど、大きなお世話。本人が納得しているんだからそれでいい。

幸せって人それぞれと思うの。私は今幸せだからこれでいいのよ。