墓守

私、野崎佐恵子のざきさえこ、もう80歳を超えたわ。主人と2人暮らし。私は熟年離婚をした弟のふとしを長年世話してきた。

太には二人の娘がいたけど、一人は嫁ぎ、一人は母親についた。だから私たち兄弟は太に遺言状を書かせ、財産は娘ではなく私たち兄弟が継ぐことになっていた。


そして先日太が亡くなった。喪主は私が勤め、四十九日の納骨まで滞りなく行った。

後は相続の手続きをするだけ、まあ、兄弟3人で分ければ税金はかからないはずだしこれはほっといてもいいか。と思っていた。


納骨を済ませて暫くして寺から電話が入った。

『野崎佐恵子さんですか?』

「はい」

『お墓の名義どうされるおつもりですか?今の名義人の柴本太しばもとふとしさんは亡くなられたので、墓の名義を変えなくてはいけないのですが』

「それはまだ話し合っていません」

『柴本さんには子供さんはいないのですか?』

「一人は嫁いで、もう一人は離婚した時に母親と家を出ています」

『そうなると直系の継ぐ人がいないということになりますね、これは問題ですよ。墓を継ぐ人がいないようであれば、寺としては納骨したお骨を無縁仏として回収し、お墓は返していただくことになります』

「待ってください、お墓は父が買ったと聞いてますが?」

『買ったと言っても、土地を買ったのではありません。その土地の使用する権利を買っているんです。土地を借りて墓を建てていると言えばわかりやすいでしょうか。ですから、継ぐ人がいなかったり、管理費などの支払いがなされない場合お墓の土地は返してもらうことになります。それに、柴本さんは管理費も御持費も10年以上支払っていません。まずこれをお支払いいただいて、その後どうするかの話になります』私は困惑した。墓の事は全く考えていなかった。

『親族の方で相談してご連絡ください』そう言って電話は切れた。


私は末の弟と、妹にラインで事の次第を話した。

『墓のこと忘れてたね』

『どうする、誰が継ぐんだ』

『兄さんの娘に継がせればいいじゃない』

『だが、連絡が付くか?』

『やってみる』

暫くして、妹からラインが入った。

『一応、ふみさん(元嫁)に連絡取れたわ、墓の話をしたら、『娘は相続放棄の手続きをしましたから、引き継げません』と言われた』

『姉はどうだ』

『そちらは連絡先すらわからない』

『それなら、寺に行って相談するしかないわね、ひろし一緒に行ってくれる?』

『それはいいけど、面倒なことになったな』

『寺に相談して、日時を決めて連絡するね』

『私は遠くだからごめんね。何かあったらTV電話して』

『解った、じゃ後で』

私はラインを終了すると寺に電話を掛けていく日を決めた。


約束の日、私は浩と寺に向かった。寺に着くと事務所に通された。

そして私の前に管理費の請求書が置かれた。

「電話で金額をお知らせしましたがご持参いただけましたか?」私は言われた金額の入った封筒を差し出した。事務員は封筒の中を確認してお金を数えた。

「確かにこちらから伝えた金額あります。領収書を発行しますね」そう言って事務員は領収書を書くと、私に渡した。

「さて、お墓は誰が継がれることになったんですか?」

「私が継ごうと思ってますが」

「それは困ります。ご兄弟ではあまりにも時間が短い。また手続きをすることになります。もう一つ下の代でないと寺としては安心できません。柴本さんのお子様がだめなら、甥姪。できれば結婚して子供がいらっしゃる方が適任です」

「そんな言われても・・・・。」

「どうしても継ぐ方がいらっしゃらないのであれば、50年分の永代供養料と、維持、管理費を前もってお支払いいただければその間は墓はそのまま使用できます」

「私達もここの墓を使いたいと思っていたのですがその場合どうなりますか?」

「野崎さんは宗派が違いますから・・・・。まあ親族であられるので、永代供養料と伸びた分の維持管理費を前もってお支払いいただければ。それでも名義は変えておかないといけません。それに遺言は無かったのですか?」

「遺言書には墓の事は記載はありませんでした。父の遺言書にも無かったので気づきませんでした」

貞勝さだかつさんは生前お寺に来られて、『財産は太が全部継ぐ。嫁がしっかりしているから支払いの滞りとかは無いと思う。後よろしく頼みます』と言ってらっしゃいましたからね。それで寺の方も名義の変更を暫く待っていたわけです。ところが10年ほど前から、維持費管理費の支払いは滞るし、彼岸やお盆などの支払いも無い。月参りも断られましたからね。寺としてはこれでも待っていたんですよ。1ケ月以内に決めてください。そちらの対応次第では墓は取り上げます」

「解りました」私はそう言うしかなかった。


名義を誰にするか決めなくてはならない。そして太の分を支払ったうえに、私達夫婦の分も払わなくてはならない。だがその費用は一人分いくらかかるのか。そのうえ未払いの維持管理費を支払った。痛い出費。これでは相続しても何も残らないのではないか?そう考えながら家へと帰った。


そして互いの息子たちに聞いてみたが、

浩の息子は「後でおばさんが使うならおばさんの方で継ぐのが筋でしょう」と言い、

私の息子は「墓の負担なんかいやだよ。生活するだけで精一杯なのに」と伴に承諾しなかった。


そこで私たちはまた寺に相談に行った。

「誰も、継ごうとしないんですね。それでは引き払うしかないです。それとも、先日言ったように前もってお支払いをなさいますか?」

「待ってください、もう一度息子と話をしてみます」私はそう頼み込んだ。


息子に費用は前もって払うから墓の名義人になるように頼んだ。息子は経済的に迷惑を掛けないことを条件にようやく承知した。


だが私達は生きているうちに多額のお金を寺に支払わなくてはならない。


そのうえ、税務署から相続の申告がなされていないと監査が入った。実家の名義を変更したので解ったらしい。監査の結果、相続税がかかり、無申告ということで延滞金などを支払う羽目となった。


おまけに頼りにしていた実家が売れない。このままでは支払いも生活も苦しくなる。


太の法事の負担もある。人が死ぬとこんなに金がかかるのか。


嫁いできてから史さんは法事などを淡々とこなしていた。私達は長男の嫁がするのが当たり前だと手伝いもせず、文句ばかり言っていた。援助を申し込んだときに『嫌われている方の援助はしません』と断られたが、本当に余裕がなかったのだろう。離婚の時にお金があまり残ってないと思い『どうせ嫁が使い込んだんだろう』と調べてもらったが、何も出てこず、史さんに有利な財産分与をする羽目になった。太は工場勤務だったから給料もさほど高くはなかった。しっかりやりくりしていたからあれだけ残せたという事なのか。

主人が、『史さんが太に全財産残すよう遺言を書かせた』と言っていたが、離婚後残されていた父の遺言の日付は結婚前だったし・・・・。


私はあと何年生きるのだろう。人生の終末になってお金に苦労するとは、無計画に生きてきたつけが一気に押し寄せてきたようだ。


地獄の沙汰も金次第。その言葉が胸を突く。




※ 墓、納骨堂の費用については、宗派、寺、管理者によって扱いが異なります。












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