露見

「ただいま」

「おかえりなさい、遅かったのね、お客様がリビングでお待よ」

「客?こんな夜更けにか?」俺はそう言うとリビングへと向かった。

「ようやくお帰りになりましたか、話があってお待ちしておりました。これを見てください、あなたが不貞を働いている証拠です」

リビングのテーブルに出されていたのは、俺が妻以外と会っている写真。俺が何も言えないでいると。

「横山さん、あなたお嬢様と結婚する時にこの女とは別れるという条件を飲みましたね。書面もあります。さすがに結婚当初はおとなしくしていたようですが、近ごろは頻繁ひんぱんに会ってますし、出張と称して不倫旅行にも出かけている。旦那様がその事実を知ってたいそうお怒りで、『契約違反だから、お嬢様とは離婚させる!』とおっしゃいました。それで今日執事のわたしが名代としてお待ちしていたわけです。お嬢様は結婚前にあなたに女がいたことをご存じなかったのですが、今日すべて話しました」

「ええ、執事から聞いてびっくりしたわ。不貞を働くような夫なんていりません。離婚します。この家は私の名義ですからすぐに出て行ってね」

「離婚に応じないようであれば弁護士を通じて裁判を起こします、どうなさいますか?まあ、不倫旅行の費用を経費で落としている事実も発覚しているようですから、会社の方でも何らか処分されるでしょうね」

俺は絶句した。不貞だけではなく、会社の経費の不正まで発覚しているとは、このままではすべてを失いかねない。どうしたらいい?

「女とは別れる、経費も弁済するから、今回は見逃してはもらえないか?」

「まだ、そんなことをおしゃるんですか!結婚当初から旦那様はあなたを見張っていたんですよ。そして我慢の限界に来ています。言い訳は聞きません」

「さあ、そのまま出て行って。あなたの顔なんてもう二度と見たくないわ」

執事の合図で、屈強な男たちが入ってきた。俺はそいつらに捕まり家から引きずり出された。


俺はマンションの玄関でやっと解放された。俺はこれからどうしようかと思い、真奈美に電話を掛けた。

『はい』

「真奈美か、今から行くからしばらく泊めてくれ、家を追い出された」

『いやよ、来ないで』

「え!」

『今日社長の執事と名乗る人が家に来たの。私知らなかったけどあなたの奥さんの私達の勤めている会社の社長令嬢だそうじゃないの。それを知っていたら私よりを戻すなんてしなかった。会社は首になったので、私は実家に帰ります』

「そんな、俺はこれからどうすればいいんだ」

『あなたがまいた種でしょう。自分で刈り取らないとね。さようなら、もう二度と会いません』その言葉を最後に電話は切れた。俺はかけなおしたがつながらない。メッセージもラインもダメ。どうやら全部ブロックされたようだ。とにかくどこかに泊まらないと。俺は駅の方へ向かった。


真奈美と出会ったのは真奈美が新卒で入社してきて俺が教育係になったときからだから、5年ほどなるか。退社後に仕事の事とか相談を受けるうちにだんだん親しくなり、1年ほどで男女の仲となった。それから2年ほど経ち、そろそろ結婚も視野に入れ始めたころ、唐突に社長令嬢との結婚話が持ち上がった。ただし結婚の条件が真奈美と別れることだった。

俺は出世を取り、真奈美と別れて今の妻と結婚した。だが結婚生活は無味乾燥。妻からは常に見下され、息苦しかった。そこで俺は「ばれなければいい」と真奈美との関係を再開した。最初はこそこそしていたが、近ごろは大胆になり真奈美の家に止まったり、旅行に出かけたりしていた。見張られているとは知らずに。


翌日、出社するとなんか妙な感じがした。みんな俺を見てひそひそと話をしている。真奈美は出社していなかった。お昼ごろ社長室に来るようにと呼び出しを受けた。係に案内され社長室に行くと、社長、部長、執事などが揃って待っていた。

「横山君、なぜ呼び出されたかわかっているだろうね。まず、会社としての対応だが、出張と称して個人的な旅行の経費を落していたのは解っている。これは横領にあたる。それに、社員と不貞をしていたこと、この2点において君は懲戒免職が妥当だとの役員会の判断が出た。それと、娘との婚姻関係をこれ以上続けさせるわけにはいかない。離婚させ、君には慰謝料を請求する」社長はそう告げた。

「待ってください、坂下とは別れます、弁済しますからどうか許してください」俺は頭を下げながらそう言った。

「許せだと!まだそんな甘いことを言うのか!話にならん。これは決定だ!覆ることはない、立川、こいつを事が済むまで見張りをつけて働かせろ。会社への弁済と娘への慰謝料を払わせるまで逃亡されてはかなわんからな!」

「仰せのままに」執事はそう言うと合図した。屈強な男たちが入ってきて俺は部屋を引きずりだされた。


それから俺は工場で住み込みで働くことになった。常に監視の目があり、服は作業服を着たまま、唯一裁判所に行く時だけはスーツに着替えた。

数か月後、判決が下り、俺は妻と離婚し、慰謝料、財産分与を支払う。会社へは賠償金を支払うこととなった。

軟禁は解かれ、監視もゆるくはなったが、俺はここを出ていく気力を失っていた。

それに、俺の貯金だけでは支払える額ではなかった。結局俺はこの工場にとどまり働き続けるしかなかった。


無味乾燥な結婚生活。出世のための結婚。女遊びをする程度にしておけばよかったのか?真奈美とよりを戻した結果、俺はすべてを失ってしまった。

もう後戻りはできない。後悔ばかりが俺をさいなむ。





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