正々堂々

昨年の3月私は憂鬱だった。10年に一度の組長が回ってくる。組長になれば何かしら自治会の役員をやらされるだろう。やるのはいい。ただ、今は亡き義父が町内会長時代に私はよくお手伝いに行っていたのだが、やたらと突っかかってくる人がいた。名前は小島洋子。今では自治会の重鎮に収まっているし、厚生部の部長をやっている。専業主婦の私を見逃すはずはない。それが憂鬱の原因だ。


3月も終わろうとするころ、次期の組長が集まって役員決めが行われた。なぜか私は呼ばれない。ところが最後の方になって、

「鋤崎さんには厚生部の部長をお願いしたいのですが、今期の部長と副部長が付きますから、よろしくお願いします」と、小島洋子が言った。

そう来たか!自分と同じ部にしていろいろと難癖付けるつもりなんだな。でもここで逃げるのもしゃくだし。

「解りました、お引き受けします」と私は受けることにした。


4月に入って役員の引継ぎが行われ、私は1冊のノートを小島から渡された。

「去年のことが書いてあるわ、わからないことあったら聞いてね」と小島は言った。


家に帰ってノートを読んでみると穴だらけ。「見つけた!完璧なノートを作って対抗しよう」と、決心したが、表面上は従順に従っていた。


9月。厚生部の一番の大仕事がある。敬老の日の催しだ。自治会では『敬老会』と呼んでいて、出席者の確認、来れない人へのお祝い。出し物を出す人たちとの打ち合わせなど、会を進めるうえでたくさんやることがある。私と副部長の2人も連日集会所に集まって準備に追われた。

ある日、副部長の二人は買い出しに出かけた。私は集会所で整理をしていたのだが、電話がかかってきた。

『ねぇ、小島だけど買い物メモなくしたんだけど去年の資料残ってない?』

私はノートをめくって調べたが何も無い。

「何も書いてありませんよ。私は去年いなかったからわかりません」

『ならいいわ』そう言って電話は切れた。そう、何を買ったかなど全然記入されていないのだ、領収書なども一切無い。予算は自治会から貰うし、終わったら報告書を提出しなくてはいけないのだがどうやって作ったのだろう?ま、今年は完璧に作るけどね。

暫くして二人は帰ってきたが、私は領収書をもらい明細をノートに記入した。

そして前日、「ね、司会やれるの、何なら変わろうか?」

「司会は厚生部の部長の仕事ですから大丈夫ですよ」と私は受け流した。どうやら私が出来ないから変わってと言うのを期待していたらしい。

「ふん、厚生部に恥をかかせないでね」と言って小島さんは立ち去った。

私は普段はあまり人づきあいもおしゃべりも上手じゃない。でも、行事などで人前に立つなら別。多くの人前で話すことは社会人時代に舞台に出ていたから慣れている。あがることもない。会の進行も子供会の時で知っているから大丈夫。さて、いよいよ明日。私は早めに床についた。


敬老会当日私は早起きして家事を済ませ集会所へと赴いた。いろいろ準備をしているとだんだん人が集まってくる。その人たちと打ち合わせしたり、会の進行の確認をしたりと、目が回るような急がしさ。そして開式となった。


私は式次第に法って会を進めた。最後、副会長の挨拶で万歳三唱。来年も再会できることを祈念して敬老会は終了した。


来賓が帰り、私は小島さんに、

「お疲れさまでした、後は後片付けと来れなかった人へのお弁当の配布になりますが?今から行ってきていいですか?」

「行ってきなさい」

「解りました」そう言って私は名簿を確認して準備をした。

「私も行くわ、小島さんいいでしょ」

「そうね、鋤崎さんだけでは心配だから行って来て。こっちは私がやる」

「黒木さんありがとう、小島さん後お願いします」

私はそう言うと黒木さんと二人で集会所を出た。道すがら、

「鋤崎さん、大丈夫ですか?」

「え、何が?」

「小島さんですよ。ずっと鋤崎さんの事睨んでましたよ」

「ああ、司会の件断ったからね」

「それだけじゃありませんよ、事あるごとに言いがかりみたいに」

「いいのよ、前々からそうだったし、私を部長に据えた時点で魂胆は解っていたしね。私は仕事を完ぺきにこなすだけ、相手にする必要はないでしょ。今期終わったら自治会に残る気無いしね」

そんなことを話しながら、家々を回ったのだが、集会所近くになると小島さんの怒鳴り声が聞こえてきた。やはり私の悪口を言っているらしい。私はわざと大声で、

「ただいま戻りました、遅くなって申し訳ございません、小島さん私がいない間ありがとうございました」と言いながら集会所に入った。

怒鳴り声はピタリと止んだ。

「後、何をしたらいいですか?」小島さんは相変わらず怖い顔をしていたが、

「今日はこれでおしまい。報告書を役員会の前までに作って提出して」

「解りました」私は笑顔で返した。そしてその日はお開きとなった。


私は敬老会の報告書を作り、自治会長に提出した。自治会長はそれを精査すると次の役員会で各役員に配った。そして私に説明するように促した。私は報告書を読み上げた。そして、皆様のご協力で無事会が終了できたことに感謝しますと一言添えた。

参加した役員の拍手のねぎらいの中私は席に着いた。

ちらりと小島さんを見ると、相変わらず怖い顔をしている。まあ、公衆の面前で何かしてくる度胸はないだろうと私は無視した。


それからも表向きは従順なふりをしながら、仕事をこなした。


そして一年がたち組長が変わる季節となった。そして新しい役員が選出された。私は辞退。小島さんと黒木さんは厚生部に残った。そして新しい組長さんが入った。

引継ぎの日、私は1冊のノートを新しい役員さんに手渡した。一年の仕事の内容を綿密に記入したノート。そう、これが、一年耐えた私の仕返し。

小島さんのずぼらなノートのせいで仕事がやりにくくてしょうがなかったから、誰でも仕事が出来るように細かく記入してある。

「小島さん、黒木さん一年間お世話になりました」と言って私は集会所を後にした。


「ああ、すっきりした。小島さん最後まで私がミスしなかったから、怒ることもできずにさぞかし苦しかったでしょうね。相手が悪かったわね。理不尽な悪意なんて同じ土俵に降りなければ無力だもの。」

私はそう呟くと家路についた。













  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る