借金?
俺、畑中雄二は、絶望している。
子供は生まれることころを選べない。裕福な親、普通の親、貧困の親。どこに生まれるかで人生が大半決まってしまう。愛情の問題ではない。親の経済力で自分にどれくらいお金がかけられるかが決まってしまうということだ。
俺は普通の家庭に生まれた。おまけに兄、姉がいる。3人も子供がいれば、親がどんなに頑張っても教育にかけられるお金には限界がある。実際、兄も姉も高校までは公立に通い、大学、専門学校は奨学金で賄った。
高校3年生の時俺も進路をどうするか迷った。末っ子だからという甘えは許されない。高卒で働いたところで、大した職にも就けない。いろいろ考えた末、俺も奨学金で大学に進学することに決めた。
奨学金を借りたとしても、日々の生活費までは賄えない。そこでバイトをすることになる。おまけに留年する余裕は無い。バイトで疲れた体で、単位を取るために頑張るしかないのだ。
裕福な家庭の学生は青春を謳歌しているように見え、羨ましかった。それでも、どうにか留年することもなく大学を卒業し、就職も決まった。
商社の営業部で働き始めた俺。今度は奨学金の返済をしなくてはいけない。
毎月払うために給料が振り込まれる口座からの自動引き落としにしたが、正直、返済をするとギリギリの生活しか出来ない。飲みに行くことも、遊びに行くこともあまりできなかった。
それでも、数年たつと、何とか生活にも余裕が出てきた。そして俺は坂本真理という女性と知り合い、付き合い始めた。デートと言っても、車も持たないし、お金もないから大した所には行けなかった。それでも、真理は楽しそうに俺と付き合ってくれた。付き合い始めて1年ぐらいたった時、俺は「奨学金の返済があるが、結婚を前提に付き合って欲しい」と真理に申し込んだ。真理は最初は驚いていたが、うなづいてくれた。今思えばこの時が一番幸せだった。
数日後、知らない番号から電話があった。出てみると
『畑中雄二君の携帯かね』
「はい」
『君は真理に結婚を前提にお付き合いをしたいと申しこんだのかね?』
「はい、そうですが、どちら様でしょうか?」
『私は、真理の父親だ。話がある、次の日曜日11時に来い。場所は地図を送る』
「解りました」
父親が話って、何だ?俺は真理にラインした。
「お父さんと会う事になったんだけど、顔を知らないから写真送って」
暫くして、写真が届いた。だが、メッセージは無かった。
次の日曜日俺は指定された場所に赴いた。喫茶店に入ると俺を見つけて手をあげた人がいる。真理のお父さんだということはすぐわかった。俺は近づいて、
「坂本卓也さんですね。畑中雄二です」とあいさつした。
「そうだ、まあ、座り給え」
「失礼します」
「話というのは、君は奨学金を返済しているのかね?」
「はい」
「で、結婚するまでに完済する予定は?」
「それは難しいです」
「なんだと、結婚を前提に娘に交際を申し込んでいながら、結婚までに完済できないと。一括で返せる貯金もないのかね。そんな奴に娘はやれん。結婚するとなるとどれだけお金がかかると思っているんだ。真理の稼ぎを当てにしているのか?そんな苦労を大事な一人娘にさせられん。君はマイナスの男だよ。借金を持った。二度と真理に連絡を取ることは許さん。解ったか!」
俺は唖然として何も言えなかった。坂本さんは立ち上がると、
「話はそれだけだ、ここの支払いはしておく」と言うと立ち去った。
それからしばらくすると、ラインの通知音が鳴った。真理からのメッセージ。開くと
『ごめんなさい、さようなら』とだけ。返信したが、ブロックされたのか届かない。電話も通じなくなった。真理に振られた・・・。俺より親が大事なんだな。
一方的で理不尽だと思ったがもうどうすることもできなかった。で、冒頭の嘆きになったわけだ。
翌日、仕事に全く身が入らなかった。昼休み、田所先輩が話しかけてきた。
「おい、畑中、具合でも悪いのか?」
「いや、そうじゃないです」
「すると何か、彼女に振られたか?」
「ええ、その通りで」
「本当か!何故!」
「俺が奨学金を返済しているのを、真理の父が許さなくて一方的に・・・」
「それはショックだったな、今日夕飯食べに行くか、話聞くぞ」
「はい、お願いいたします」俺は田所先輩の申し出を受けた。
退社後居酒屋に行った。一通りの話を聞いた田所先輩は、
「奨学金は借金ととらえる人もいるからな。一人娘を託せないという親の気持ちもわからないではないが…それにしても一方的だな、越えられない壁、価値観の違いということか」
「価値観の違い?」
「そうだ、相手に奨学金という借金があっても、奨学金を受けてでも頑張って進学したと思う人もいるだろう。実際お前は仕事熱心だし、俺に言わせればいい男だと思うぞ。でもな、こればかりは相手が奨学金の借金を認めてくれなくてはどうにもならない、越えられない壁とはそうゆうことだ」
「奨学金は、借金・・・」
「そうだな、返済しなくてはいけないから借金と同じ。結婚してからも返済が続くとなればそれだけ家計が圧迫される。それでも一緒になりたいという人でないと結婚は難しいだろうな。真理さん親には逆らえなかったんだろ?」
「ええ、別れを告げられて、すぐにブロックされました」
「結婚は当事者だけの問題ではないからな。今回は人生勉強だと思って、お前をきちんと評価してくれる人と出会えたらいいな」
「そうですね、俺、奨学金を返済していたら結婚すらできないのかと思いました。子は親を選べないのに」
「そうだな、だが親御さんが一生懸命育ててくれたのは事実だろう?」
「そうです、そのことには感謝しないと」
「なら、また立ち上がるしかないだろう。親御さんを心配させないためにも」
「そう、そうですね、話を聞いていただいてありがとうございました。少し吹っ切れました。一生懸命仕事して奨学金早く返せるように頑張ります!」
「その意気だ!新しい旅立ちに乾杯!」
俺は、先輩とグラスを鳴らした。
子は親を選べない。そして育ちの違いで越えられない壁が存在する。だが、俺は俺なりに、人生を生きていこうと思う。
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