憧れ

俺、鹿野大地しかのだいち26歳。大黒消防署に救命救急士として勤めている。

この仕事に就いて何年か経ったが、まだまだ新人扱い。毎日が勉強。

二交代制の勤務はきついし、かなりの重労働だが俺は自分の仕事に誇りを持っている。


高校2年の夏休み、俺は大黒町にあるショッピングモール太陽に買い物に来ていた。

帰ろうと正面入り口を出て歩いていると、前を歩いていた男性が突然崩れ落ちるように倒れた。俺は茫然ぼうぜんとして何もできずにいたが「君、119番、救急車を呼んで!」という声に我に返り電話をかけた。

『火事ですか?救急ですか?』

「救急です。大黒町のショッピングモール太陽の正面玄関前で男の人が倒れました。いま別の男の人が手当てをしています」

『わかりました、すぐ救急車を向かわせます。サイレンが聞こえるまで電話を切らないで、救急車が来たら患者の所に誘導して下さい』

「はい」俺はそういうと電話を切らずに倒れた人のほうに近づいた。

「AED!」鋭い声がする。俺に電話を掛けろといった人が倒れた男性の手当てをしていた。AEDが持ってこられるとその男性は手慣れた様子で装着しスイッチを入れた。2回目で倒れた人は息を吹き返したようだった。なお、男性は心臓マッサージを続けていた。サイレンの音が聞こえてきたので、俺は入口へと走り救急車を誘導した。

到着した救急車からストレッチャーを押して隊員たちが下りてきた。驚いたことに隊員は手当てをしていた男性に敬礼し、指示を仰いでいた。男性は二言三言を指示をしていたようだった。患者はストレッチャーに乗せられ、救急車で病院に搬送されていった。男性は俺の方を向きなおし、

「君が救急車を呼んでくれたんだね、ありがとう」

「あなたが呼ぶように言ってくれなかったら電話を掛けられなかったです。こちらこそありがとうございます。あの~救急車の人が敬礼されていましたが・・・?」

「ああ、見てたの。俺大黒消防署の救急隊の隊長なんだ、今日はたまたま非番で買い物に来ていたんだよ」

「そうなんですか」俺は単純にカッコイイと思った。この人のもとで働けたらいいなとそう思った。


家に帰った俺は、救急隊で働くためにはどうしたらいいのか調べた。

救急隊で働くためには、救命救急士の資格を取り、消防署員として採用され、その後救急隊として働くことになる。


まず俺は両親に相談することにした。俺の話を聞き終わると父が、

「救命救急士か。大変だがやりがいのある仕事だな。だが、大地。人の生死を扱う仕事は、助けられた喜びは大きいが、時には力及ばず助けられなかったり、大けがや大火傷を負ったような人にも会うだろう。そうゆう過酷な現実に耐えられる強い精神力と、強靭な体が必要になる。解るか、それを知ってなお進むのであれば私達は全面的に協力するよ」父の言葉は俺の心に響いた。そして、俺はこの仕事が簡単ではないことに気が付いた。「もう少し考えてみます」と答えた。


登校日俺は担任と進路指導の先生に会う約束を取り付けた。父から言われた事、実際救命救急の現場を見た事などを先生方に話した。そして自分は救命救急士を目指したいと希望を述べた。

「そうか、鹿野行きたい道が見つかったか。だが、ご両親の言う通り大変な仕事だぞ」

「まだ時間はある、さしあったっては、勉強と体力をつけることをやってみたらどうだ?どこの学校に行くかなどは3年になってもいいからな」

との先生たちの助言で、俺は勉強と、体力をつけることから始めることにした。


まずは走ることで、持久力をつけ、筋トレで筋肉の強化。それと救命救急士の資格の参考書を読んだり、もちろん学業の方にも力を入れた。


3年生になっても俺は進路を変えなかった。そして、3年で卒業できる専門学校に行く道を選んだ。専門学校の入試試験を突破、専門学校へ入学した。


専門学校では国家試験合格のためのプログラムが組まれていた。医療関係の専門用語や、体の構造など覚えることが多く国家試験の参考書は読んでいたが看護師並みの医療知識が必要で、自分の考えが甘かったことを思い知らされた。

勉強と並行して、筋肉体力の強化も必要になる。引っ越し、宅急便、倉庫整理など体を使うバイトをしながら、合わせてジムでのトレーニングも行った。

国家試験に合格するには学校での勉強を理解できていればほぼ大丈夫との話を聞いて、試験前はバイトを休み勉強に集中した。

3年生の冬、国家試験に合格。専門学校卒業し、消防士の採用試験を受けた。


採用試験に合格し、俺は消防士として採用された。だが、救急車にすぐ乗れるわけではない。最短でも1年は消防士として働き、研修を受ける必要がある。

働き始めて、俺は先に救命救急士の資格を取っていてよかったと思った。勤務はきつく、とても勉強をする余裕などない。『体力をつけておけ』という父や高校の先生達の助言が無かったら、この段階で挫折しているところだった。


数年後、俺は研修を受け、やっと救急隊に配属され、救命救急士として勤務することとなった。

俺は大黒消防署への配属願を出し続け、今年、大黒消防署への配属が決まった。そう、あの憧れの隊長の下で働ける。俺のことを覚えてはいないだろう。それでもいい。あの時カッコイイ!と思った気持ちを俺は忘れない。


大黒消防署に配属された初日、俺は隊長室にあいさつに行った。ドアをノックすると

「誰だ!」

「今日配属となった鹿野です」

「入れ!」俺はドアを開け部屋へと入った。憧れの大瀬隊長がそこに居た。俺は居住まいを正し、

「鹿野大地といいます、よろしくお願いします」と言うと敬礼した。隊長は敬礼を返し、

「もしかして、数年前にショッピングモール太陽で会ったか?」

「はい!!」俺は内心隊長が俺を覚えていたことに歓喜した。

「そうか、勤務はきついぞ、しごくからな、ついてこい!」

「はい!よろしくお願いいたします!」

その言葉通り勤務中はとても厳しく扱われた。だが隊員たちへの気遣いも忘れない人で、話をしたり、いろいろと世話を焼いてくれた。


大瀬隊長に出会えてよかった、いつか隊長のように、強く、部下からも信頼される救命救急士になりたいと日々思っている。





















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