絶頂からの転落

俺は松尾彰まつおあきら20代の普通のサラリーマン。一人暮らしだし、彼女もいない。学生時代は良かった、親の仕送りがあったからバイトすればなんとか暮らせた。卒業して就職すると自分の給料だけで暮らさなくてはならなくなった。家賃や基本的にかかる費用を払うと給料はそんなに残らない。朝夕は自炊したが、昼は外食。あまり飲みにも行けないし、ましてやデートする余裕もない。かつかつの生活。

それで俺は少しづつ節約してそのお金で宝くじを買うことにした。当たらないとは思うが、夢でも見ないと生活出来なかった。


最初は末賞ぐらいだったけど、時々当たるようになってきた。当たったときは飲みに行ったり美味しいものを食べに行ったりした。

そんな生活が数年続いた。


いつもの通り宝くじの当選番号を調べていた俺は目を疑った。一等前後賞3億円が当たったのだ。何回も確認したが間違いない。俺は思わず雄たけびを上げた。やった!!これで、今の生活ともおさらばだ!

だが、すぐにお金が手元に入るわけではない。高額当選者は引き換え期間にみずほ銀行にて受け取らないといけない。

それまで、誰にも知られないようにしないと。その方が難しいように思えた。


引き換え期間に入って俺は有休をとってみずほ銀行に向かった。

銀行に着き、要件を言うと別室に通された。

「身分証明書と宝くじを見せてください」行員にこう言われ俺はそれを渡した。

行員はくじの当選番号を確認した。

「当選おめでとうございます。当選金はどうされますが、当行に口座を作られますか?」

「そうします」

「この書類にご記入ください」俺は渡された口座開設の書類に記入した。

行員は書類を確認すると口座を作り暗証番号を設定した。

「口座が出来ましたので1週間ぐらいでお金を振り込めると思います。それまでにこれをご一読ください。それとこれは宝くじの当選の控えです。なくさないようにお願いします」そう言うと『その日から読む本』と宝くじの控えを俺に渡した。

俺はそれを受け取り銀行を後にした。すぐに金を手に出来ないのは不満だったが振り込まれるまでどう使うか考えようと思いながら帰った。


一週間後ネットで口座を確認すると確かに3億円振り込まれていた。俺はそれを確認すると考えていたことを行動に移した。やりたいことをすべてやる。


まず、会社を辞めた。そして新築マンションを買い引っ越した。

みずほ銀行の引き落としのクレジットカードも作った。

金を引き出し、今まで買えなかったものを買う。高級レストランでの食事。夜はおしゃれなバーでお酒を楽しんだ。

いい気分だ、俺は金持ち。その余韻に浸りながら眠りについた。


生活は一変した。朝は遅く起き簡単に食事をするとパチンコへ。時には競馬にも行った。夜は料亭などの高級料理、その後キャバクラで派手に遊んだ。金さえあればだれもがちやほやする。俺は無茶な命令をし、従わせることで今までの鬱憤うっぷんを晴らした。


そんな生活が1年ほど続いた。そんなある日俺は裕美ゆみと言う女と知り合った。裕美はキャバクラに勤めていて借金があった。俺は俺の女になることを条件に借金を肩代わりしてやり、裕美をマンションに住まわせた。

そして裕美と二人で国内旅行の旅に出た。

テーマパーク、遊園地、水族館、景勝地。一つの行き先を決め少しの荷物だけを持ち、ホテルや旅館の予約をしてその地を楽しみ、その後次に行くところの予定を立て訪れる。

お金はネット銀行に移せばいいし、カード払いにすれば手ぶらに近くても問題ない。

そんな旅を1ケ月ぐらい続けた。


久しぶりにマンションに帰ると裕美は「明日の朝ご飯を買ってくる」とコンビニに出かけて行った。俺はシャワーを浴び冷蔵庫に入っていた酎ハイを飲むと疲れていたのかすぐに眠ってしまった。


翌朝と言うか俺が目覚めたのはお昼近かった。頭がガンガンする。起きて水を飲んだ。そして裕美がいないことに気がついた。それに何かがおかしい。よく見ると家電などがごっそりなくなっている。俺はスマホも財布も無くなっていることに気がついた。スマホが無くては連絡は出来ない。どうしたらいい?それに免許証も財布の中だし・・・。銀行は?通帳は無いが印鑑はあるはず。俺はそれを入れていた引き出しを探った。しかしそこに印鑑は無い。それだけではなくマンションの登記所とか、印鑑証明書の発行カード。実印も無くなっていた。


泥棒?警察に連絡しなくてはでもどうやって。とにかく1階に降りてみよう。警備員がいるはずだ。俺はエレベーターで1階に降り警備員を見つけると訳を話して警察を呼んでもらった。それからのことはあまりよく覚えていない。部屋の中を警察が動き回り、色々と聞かれたようだったが・・・。


後日警察から聞いた話では、指紋も出ず、鍵もこじ開けられた跡が無い。裕美の行方も解らない。みずほ銀行に照会したところ預金は全額引き出されていた。携帯は解約されていた。そして驚いたのはこのマンションも売却されていて他の人の名義になっているという事だ。

警察は俺が買った時の不動産屋に問い合わせ、俺の身分証のコピーを入手したようだ。そして、このマンションを売却したのが別人であることを突き止めた。

そして俺が旅行行っている間住民では無い者たちがマンションに出入りし、昨日の夜から明け方にかけては裕美と数人の男たちが荷物を運び出したのが確認されたそうだ。


俺は被害届を出した。だが捜査には時間がかかる。別人から買った不動産屋の好意で続けて住まわせてもらっていたが、維持費用を払うことも出来ず結局退去した。


金も不動産も無くなり、仕事にもついていなかった俺は、ネットカフェに寝泊まりし、日雇いで食つなぐしかなくなった。

人に対して傲慢にふるまう性格が治ることは無く、人付き合いも仕事もうまくいかなかった。やがてネットカフェに泊まるのも難しくなり、ホームレスとなって公園の炊き出しに並び飢えを満たすようになるまで落ちてしまった。


高額当選さえなければ今頃普通の幸せを手にしていただろうか?今では当選前の生活が懐かしくなる。払った代償は大きすぎた。


俺は恨めし気に月を見上げた。



※宝くじの当選金額は前の物を使っています。






















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