乗っ取り

「困ったな~!!」俺は思わずぼやいた。

「里山どうしたんだ ?」

「あ、浜先輩!、先輩の携帯私と同じキャリアでしたよね。スマホが昨日の夜から繋がらないのですが、通信障害とかあってませんか?」

「いや、特に無いが」

「そうですか・・・・」俺は里山隆さとやまたかし、普通の会社員。昨日からスマホがつながらず困っていた。先輩はしばらく考えていたようだが。

「里山俺のスマホ貸すから、カスタマーセンターに連絡してみろちょっと気になることがある」

「解りました、ありがとうございます」

俺はスマホを借りるとカスタマーセンターに電話を掛けた。

「もしもし、昨日からスマホが使えないんです」

『電話番号、住所、名前を教えてください』

俺は言われた通りに答えた。

『そのスマホは昨日SIMカードを再発行をされていますね、それでお客様のスマホが使えなくなっているんです』

「再発行!!私はしていませんよ、現に手元にスマホはあるんですから」

『それなら、乗っ取りの可能性があります。つまり詐欺です。すぐにお近くの携帯ショップに行って経緯を説明して下さい』

「解りました、ありがとうございます」

俺はそこで電話を切った。

「里山、詐欺って、もしかしてSIMスワップ詐欺の事か?」

「何ですかそれ?」

「偽装身分証明書を提示してSIMカードを不正に再発行してスマホを乗っ取る詐欺だよ。そうすれば持ち主に成り代わって、ネット銀行などにアクセスできる。里山ネット銀行使っているのか?」

「はい、銀行口座を作る時間が無くて」

「それは急を要するな、上司には俺から言っておく、携帯ショップに今から行け」

「ありがとうございます。行ってきます」俺は慌てて携帯ショップに向かった。


携帯ショップに行って事の経緯を説明すると、別室に通された。

「お客様の身分証を確認させてください」店員に言われ俺は免許証を差し出した。

「間違いありませんね。スマホのSIMカードを確認しますのでスマホをお貸しください」俺はスマホを渡した。店員はスマホに入っているSIMカードを取り出し情報の確認を始めた。

「これも間違いありませんね。という事は昨日再発行した人物は乗っ取りを行ったという事になります。幸いなことに他社への乗り換えは行われておりません。今の番号を一度解約して、新たに契約しSIMカードを取得すれば使えるようになります。番号は変わってしまいますがよろしいでしょうか?解約しないと乗っ取った者の使用料も払うことになります」

「解りました、お願いします」俺はそう答えた。店員は前の番号を解約すると新しい契約書を差し出し、記入するようにと促した。俺は記入を済ませると用紙を店員に渡した。店員はしばらく機械の操作をしていたが新しいSIMカードを取り出すと、それを俺のスマホにセットした。そして電源を入れ起動させた。

「電話番号が変わりましたが、そのほかはそのまま使えます。只解約してもスマホに入っているデーターを乗っ取った者は閲覧できます。パスワードなどは変更された方が安心です」と言って俺にスマホを返した。

俺はしばらくいじってみて、電話帳などのデーターが消えていないことを確認した。

「前のように使えます。ありがとうございます」そう言ってスマホを手にショップを出た。


マックに入った俺は、ネット銀行にアクセスした。しかしすでに多額の現金がどこかに送金されて残高がほとんど無くなっていた。

ネット銀行に電話してみたが、ワンタイムパスワードなどを使ってセキュリティを突破し送金されたという話だった。電話番号などが一致すれば防ぎようが無いと。俺は電話番号やパスワードの変更を行った。


これからどうしよう。無くなったお金を取り戻す方法は無いのだろうか?と色々考えたが、とにかく会社に戻って浜先輩に報告し、相談した方がいいと思い会社に戻った。


会社に戻った俺を浜先輩が待っていた。

「里山どうだった?」

「やはり乗っ取りでした。スマホをいったん解約して契約し直してきました。でもネットバンキングのお金は引き出されてしまいました」

「そうか、それは災難だったな。実はこの事について水谷部長が話があるそうだ。ちょっと待ってろ」そう言うと浜先輩は内線を掛け始めた。

「今から会うそうだ、行くぞ」俺は浜先輩と一緒に水谷部長の部屋に行った。着くと先輩がノックした。

「だれだ?」

「浜です、里山を連れてまいりました」

「入れ!」

俺たち二人は部屋へと入り一礼した。

「ま、二人とも座り給え」部長はそう言うとソファーを勧めた。俺たちが並んで座り対面で部長が座った。

「ところで、里山君。君SIMスワップ詐欺にあったそうだが本当かね?」

「はい」そう聞かれ、俺は昨日から今日の経過を話した。

「今はスマホで何でも済ませるし、ネット社会だからな。危険性も多い。そこでだ、この機会にこの詐欺について社員に知らせようと思っている。それに君の経験談を載せたいのと思うのだがどうだろうか?」

「部長が必要と思われるのなら、私は構いませんが」

「そうか、浜君、この詐欺がどのように行われるのかと、注意点、そして里山君の経験談をまとめてPGFにして私に提出しくれ、あ、里山君の名前は伏せておいてくれよ」

「解りました、お引き受けします」

「里山君、この詐欺にあって今他の人に伝えたいことはあるかな?」

「もっと早くこの詐欺について知っておきたかったです。そうすればスマホが使えなくなった段階で何か対処が出来たかもしれません。そうすれば預金を無くすこともなかったかと思います」

「知識は財産というからな。解った。今日はご苦労だった。二人とも業務に戻りなさい」

「はい!」「はい!」俺たちはそう答えて一礼すると部長室を後にした。


俺は『知識は財産』という部長の言葉を聞き、ネット新聞を読むことにした。趣味だけではなく、ほかの事にもアンテナを広げていないと思わぬ落とし穴にはまると実感したから。


1週間ほど経って、SIMスマップ詐欺の広報が全社員に印刷物として配られた。俺はそれを読んで、また俺の知識が追い付いていないことに気がついた。そしてこの広報を読んで、俺のように詐欺で財産を失う人が出ないことを祈った。




*SIMスワップ詐欺


フィッシングなどによって不正に取得した個人情報を使い、身分証明書を偽造。

その偽造証明書 を使って、スマホを無くしたとして被害者名義でSIMカードを再発行し乗っ取る。これにより被害者のスマホは使えなくなるのに対し、犯罪者は被害者の電話やSMSを使うことが出来るようになる。

犯人は乗っ取ったスマホを使いネット銀行などにアクセス。ワンタイムパスワードなどの本人確認を突破し、不正送金を行う。












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