転機
私は
ところが数年前、世界に新たな感染症が広がり始め、渡航禁止となり、コンサートは軒並み中止。それがやがて日本にも波及して日本でも人前で演奏することは無くなった。
幸い私の主人は公務員だったし、息子も自立していたので生活には困らなかった。
でも、アーティストと言うのは人前で演奏し、拍手をもらってこそ生活に張りがでする。レッスンは続けていたが、私は何とも言えない不安な毎日を送っっていた。
そんなある日、買い物に出た私は花屋の店頭に見事な紫陽花の鉢植えを見つけた。お店の人に聞くと園芸品種で、大輪の花が長時間咲くと言う。私は育て方などを聞いてその鉢を早速買って帰った。
家に帰ると早々に包装を解き、庭に置いてみた。見れば見るほど美しい。これは一目ぼれと言う事か?花に惚れるなんてと、思いながらしばし見とれていた。
目を庭に向けてみると、ここかしこに花が咲いている。手入れは業者任せにしていたが、ふと『ここに自分好みの庭が作れたらいいな』と思った。
花の事はド素人。まずは出入りの業者に聞いてみようと、電話を掛けた。
業者は『今度色々今の季節に植え付けられる花の苗を持ってきますよ』と快く応じてくれた。
数日後、業者は色々な花の苗を持って来てくれた。私はそこから好きなものを選び育て方の説明を聞きながら庭に植え付けて行った。
庭は見違えるほどきれいな花に彩られた。
そしてその花の世話をすることが私のライフワークに加わった。
花を
月日は流れていく。感染症は終息する気配も見せず広がるばかり。
そんなある日、主人から提案があった。
「百合、YouTubeでピアノを弾いてる映像を公開しないか?そうすれば世界にお前の演奏を聴いてもらえるし、コメントをもらえて励みになると思うんだけど、どうだろう?」
「YouTube?そんな方法があるの?どうやって?」
「アカウントを取得して、映像を録画して公開するんだ 」
「録画って、私そんなこと出来ないわよ」
「君がやるのはピアノを弾くこと。録音とか編集は俺と剛でやるから。アカウントは偽名にしていた方がいいだろうな」
「剛まで協力してくれるの?」
「いや、これ言い出したの剛なんだ。『お母さんの演奏が世界に届いて欲しい』て」
「剛がそんなことを」
「剛はお前の演奏大好きだからな、どうだ、やってみるか?」
「二人が協力してくれるのならやるわ、何をすればいいの?」
「まずはアカウント名を決めないと、本名はだめだよ」
「えっと、『折り鶴』この感染症の終息の願いを込めて」
「『折り鶴』かいい名前だ。じゃ、俺は剛と連絡を取って、録音などの準備をするから、百合は発信したい曲の練習よろしく」
「解ったわ。世界の人に届けるのね、頑張らないと」
それから私は発信したい曲のレッスンをするようになった。
朝夕は庭の世話。日中はレッスンと忙しくなってきた。
初めての演奏の録音。それを二人が編集しYouTubeにUPした。最初は反応が薄かったが、徐々に再生回数も増え、コメントも集まり始め、スポンサーが付くようになった。
私はテーマに沿って色々な編集で録音するようになり、コメントは励みになった。
そして数年が瞬く間に過ぎた。感染症は一応治まり、渡航も出来るようになった。
私の許にもコンサートへの出演依頼が国内外から入るようになってきた。
「どうしようかなあ~~」
「どうしたの、何に悩んでるの?」
「コンサートの出演依頼が来るようになったんだけど、昔みたいに国を飛び回るのはちょっとね」私はこの数年の間に、ガーデニングと発信、そして家事などをメインにする生活に慣れてしまって、昔のようにコンサート出演を優先する気が無くなってしまっていた。
「それなら厳選したらいいだろう。やりたいことだけやればいい。配信を続けていたから腕は落ちていないと思うよ」
「そうね、そうするわ、海外はもう少し待って、まず国内のコンサートからやろう。観客を前にしての演奏なんて数年やってないから、感覚を
私は、東京で行われる『復活コンサート』に出ることにした。このコンサートは生で音楽を聴けることを祝うコンサート。出演料は出ず、ボランティア。でも観客の反応を見るにはうってつけだと思ったから。
私はこのコンサートでベートーヴェンの『月光』を弾いた。月光は第一楽章が有名だが、私は第三楽章の激しさに今までの思いを込めた。
演奏は大成功。大きな拍手が沸き上がる中、私は久しぶりに高揚した気分を味わった。やっぱり音楽家は人前で演奏してこそ、そして私は人前でピアノを弾くのが好きなのだと確信した。
それから私の生活は、ガーデニング、配信、家事、そして時々コンサートへの出演と多忙になった。
感染症の影響で一時は落ち込み、ふさぎ込んでいたのに、花と出会い、演奏の配信を通じて家族のきずなを深め、人生に新たな道が開かれた。
試練を乗り越えてこそ、人生は輝くのかもしれない。
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