折られたプライド

俺は鼻高優一はなたかゆういち50歳を過ぎているが現役バリバリの営業マン。

タワーマンションで妻と二人暮らし。息子は海外で働いている。

まあ、収入も満足できるほどだし、世間の言う勝ち組かな。

俺の営業がうまくいくのはドライブテクニック。この市の都市の道は隅々まで知っているし、免許を取ってから違反無しのゴールド免許。俺はドライブテクニックで、いち早く道を探り多くの営業先を回る。これが俺の自慢でもあった。


だがそれは小さなことから崩れることとなる。


その日はとても暑かった。社用車で営業回りしていても車のクーラーが効かないほど。少し疲れて午前中の取引周りを終わって会社に戻り昼食を取った。

「鼻高さん、暑かったでしょう」部下が声をかけてきた。

「ああ、車のクーラーが効かなくて、疲れた」

「先ほどメールが届いたんですが、今日は猛暑で熱中症には十分注意するようにとのことです」

「そうか、ありがとう」昼食を食べてデスクに戻って確認すると部下が言っていたメールが届いていた。

「熱中症か、でも、オフィスで体も冷えたし、大丈夫さ。明日はお休みだし午後からさっさと回ってしまおう」とあまり気にも留めずに俺は午後の取引先回りに出かけた。


1件目、2件目は何ともなかった。3件目を回って車に戻ろうとした時少しふらっとした。「喉が渇いたな」と自販機でスポーツドリンクを買って飲み干した。

飲むと頭がはっきりしたので「さぁあと1件」と俺は車を走らせた。

だが途中で目の霞を感じた。赤信号で停車した時に、目薬を差した。そして最後の営業先に車を走らせた。


だがそれからの記憶が無い。ものすごい衝撃でエヤバッグが膨らみ俺は意識を失ってしまった。



どれくらい経ったのだろう。俺はうっすらと目を開けた。画一的な壁の色、機器の音、自分に取り付けられた管。「ここは病院なのか?いったい何があったんだ?」まだもうろうとした意識の中でこう考えるのがやっとだった。

「鼻高さん聞こえますか?」看護師が話しかける。俺は頷いた。

「重度の熱中症で命が危なかったんですよ。動かないでくださいね色々な器具を取り付けていますから」と看護師が言う。俺は「熱中症?重度?」と思ったが又意識を失ってしまった。


次に目覚めたとき俺は少しは周りが見えるようになっていた。応答が出来ると解った看護師が担当医を呼んだ。

担当医が来ると「鼻高さん私の声聞こえてますね」俺は頷いた。

「あなたは重度の熱中症でもう少しで命を落とすところでした。まあ、殺すなと命令が出ましたから出来るだけの処置はしましたが、大変でした」

「どうゆう事ですか?」俺はかすれ声で聞いた。

「犯罪者を死なせるわけにはいきませんからね。貴方は車の運転中に意識を失い、横断歩道に突っ込んで、歩行者をはね、左折しようと停車した車にぶつかってようやく止まったんです。後で警察が来ますから詳しくはそちらから聞いてください。でわ」

そう言うと主治医は病室を出て行った。

横断歩道に突っ込んで歩行者をはね、車にぶつかった。主治医に言われた言葉か頭に繰り返されるが、それがどういうことなのかはまだ判断できなかった。


日が傾くころ、2人の男が尋ねてきた。男の一人が「看護師の方も外に出ていてください」と促すと、全員出て行った。

男たちは警察手帳を見せ「さて、鼻高さんあなたの今の状況を説明します」と言い話し出した。

「あなたは減速しないまま赤信号を無視し、横断歩道に突っ込み歩行者3人をはねました。一人は死亡、2人が重体です。その後左折を待っていた乗用車に突っ込みようやく止まりました。当てられた乗用車の運転手も重症です。運転席側に当たりましたからね。現場にはブレーキの跡がありませんでした。完全にあなたに過失があるという事です。ある程度動けるようになったら、警察病院に転院します。貴方は被疑者ですから自由はありませんし、逃げようと思わない方が身のためですよ」

淡々とした口調ではあったが脅しをかけるような重いものだった。

「意識を無くしていたのなら、責任は無いんじゃ?」

「何を言ってるんですか、急病ならともかくあなたの場合は熱中症ですよ。十分予防の出来る事です。減刑されることはあり得ませんので覚悟することですね」

それを聞いて、俺はようやく自分がしたことの重大さを理解した。

「また来ます」そう言うと二人は出て行った。


そしてその後、入れ替わるように会社の上司が入ってきた。

「鼻高君えらいことをしでかしてくれたものだ。勤務中に公用車で事故を起こし相手を死亡させるなどあってはならない。君の処分は追って決まるだろうが解雇されるだろう。それと社用車の弁償もしてもらう」

「待ってください、会社に尽くした優秀な私を解雇するのですか?」

「確かに仕事では優秀だが、事故の日熱中症に注意するように通達を出していたのに、重度の熱中症になるようじゃ自己管理が出来ていないという事だ。何より犯罪者を雇用していたんでは会社の名声に傷がつくのでね。取引先からもクレームの電話が相次いでいる。ニュースなどで君の顔もわが社の事も報道されたからな。ネットに流れたら火消しが出来ん。君がわが社に残ることはできないんだよ。じゃあな」

そう言うと上司は帰って行った。

俺はボーゼンと見送るしかなかった。


翌日妻が病室を訪ねてきた。憔悴しきった顔で。

「あなた、離婚して頂戴」

「離婚ってどうして?」

「どうして!あなた自分が何をしたのか解って無いの!あなた殺人者なのよ!マンションじゅうにこのことが知れ渡って白い目で見られているの。私殺人者の妻でいるのはごめんだわ。離婚します。あの家からはすぐに出るから。後で弁護士に依頼して財産分与と慰謝料請求します。貴方の有責だから離婚できるはずよ。本当に圭一が海外にいてよかった。そうでなかったら圭一も巻き込まれるところだったわ。無様ぶざまなものね、車の運転に対してあんなに自慢していたのに。前々から私貴方に言っていたよね。車は動く凶器だって。けどあなた全然聞かなかった。傲慢だった罰が当たったのよ!ざまぁみろ!!!」

それだけ言うと妻も帰って行った。

圭一にも迷惑が掛かる。傲慢。罰当たり。妻が言ったことが一つ一つ現実を突きつけた。


そして俺はすべてを失った。社会的信用。仕事、家族、財産。そして、殺人者と言う思いかせを一生背負わなくてはならなくなった。


あの日、体調が悪いと思った時にもう少し注意していれば・・・・。取引先に連絡してを日程を変えてもよかったのに・・・・。後悔先に立たず。悔やんでも悔やみきれない。




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