創作談義「なぜミリタリー物を書くのか」

 2023年、本当に動乱の時代です。

 つい先日、イスラエルで大変なことが起きましたし、ウクライナでの戦闘は続いています。


 たくさんの人が死んで、悲しんで、これからどうなるのか誰にもわからないと思います。

 そんな時に、ミリタリー物の作品を書くのは不謹慎だ! 糾弾する人も居るのも事実です。


 それでも、僕はミリタリーを書き続けるつもりです。




 では、何故「ミリタリー」を書いてはいけないのでしょうか?

 人が死ぬから? 兵器を書くことが戦争賛美に繋がるから? 明確な理由なんて本当にあるのでしょうか。


 批判する人の動機は、おそらく感情です。

 戦争というものから目を背けたくて、意識したくなくて、排除したい――といったところでしょう。

 そうではない、と反論したところでその理屈も「感情」です。

 ですから、この問題を理屈で解決するのは難しいでしょう。




 物語というものは、遙か昔から何かしらの「作用」を目的として作られてきました。

 人を統率したり、鼓舞したり、あるいは特定の個人を讃えたり、過去の過ちを残したり……


 その中でも「英雄譚」は今も昔も人気のはずです。

 剣や魔法、あるいや弓矢――ファンタジーの世界観の話だけではありません。


 銃や大砲、戦闘機、戦車、そうした兵器で戦う人間と「剣と魔法」で戦う人とそう変わらないはずです。

 何かのために尽力する姿は、別に戦う人でなくたって憧れます。

 

 僕はあえて、「戦う人々」を題材にしているだけに過ぎません。

 他の題材を選ぶこともできますし、どう書くかも自由です。


 もちろん、その中でしか書けないものがあるはずです。

 僕はそう信じて書き続けています。



 「どんな物語にも価値があり、同時に全ての物語には価値が無い」という言葉を、師と慕った方から頂きました。

 僕らは色んな媒体で物語を摂取しています。映像、音楽、テキスト……


 自分にとって都合の良い、もしくは心地の良い物ばかりを選んでいませんか?

 


 もちろん、書き手にとっても都合の良い物というのも存在します。

 僕もミリタリーだけ書いていくつもりは微塵もありません。

 ただ、未来のハイテク世界で「剣と魔法」で戦う話というのは成立しませんよね?(スターウォーズは除きます)


 言い訳っぽい文章を書き連ねてしまいましたが「書きたいモノを書いて何が悪い!!」という自分の声明みたいなもんです。

 時代のせいで作品が書けなくなってたまるもんか、思想の自由、創作の自由は誰にも侵害できない。

 エッチな作品も、グロい作品も、

 

 価値を定めるのは、手に取った本人だけです。





追記


 「価値が無い」という言葉に反応しないでください。

 「価値」という単語を興味と入れ替えることもできます。


 それに、誰かの価値観で書くのを辞めるのは愚かな事です。

 

 物書き全員に刺さる言葉を胸に刻んで書いていきましょう。


「物書きをするなら見返りを求めるな」

 

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