第9話 救国の武器職人グエン

 木星おひさまが昇り、エウロパにも朝が訪れる。


 放心状態のグエンだったがいつまでもこのままでいるわけにもいかない、


 探検隊が放り出して行ったキャンプ跡に行くと、食べ物と水を喉の奥に流し込んだ。

 

 顛末については冒険者ジルベールが王国に報告に行っているだろう。

 そして国を挙げたドラゴン討伐隊が結成されることだろう。


 ただ、ドラゴンの数が万を数えることを知っているのはサルバドールとグエン、今はグエン一人だけなのだ。

 グエンは身震いをした。

 運良くドラゴンに襲われることはなかったが、あの巨大ドラゴン1万匹が王国に攻めてくれば王国国民1000万人はことごとく餌にされてしまうだろう。

 絶望的であることは頭で理解したが何もしないわけにはいかない。


 おそらく父の工房と俺には武器のオーダーが殺到するはずだ、なんとかドラゴンを討伐できる武器を発明しなければならない。

 凄腕職人となったグエンはただ、自分ができることをやるだけだ、と自分自身に言い聞かせた。


 「サルルのやつはこの状況に絶望して、まさか自殺したのか?」


 自分で吐いた独り言を自分で頭を振って打ち消した。


 最後に見せたあの表情、あれは絶望のものではなかった。


 グエンは頭の中で事態を整理し、自分がすべきことを合理的に考えた。


 「まずは敵を知らなければ話にならないな。」


 グエンは幸運にも魔洞窟の周りで死んでいるドラゴンの死骸を調べることができた。

 硬い鱗はおそらくミスリルクラスの硬さだろう。

 敵にするには手強いが、逆に素材として利用すれば強力な武器となる。

 グエンはキャンプに放置されていた馬車にできる限りの鱗や牙、爪などを積み込んだ。


 ドラゴンに驚いて逃げていた馬もいつのまにか帰ってきていた。

 馬車の荷物を投げ捨て、ドラゴン素材を出来るだけ積み込む。

 探検隊が放棄して行った馬車3両に帰ってきた馬を繋いで王国の北門へと向かった。



 昨夜は一睡もしていないグエンであったが、職人魂に火がついた彼には睡魔など敵ではなかった。


 馬車の中でこのドラゴンをどう殺すか、いかに効率的に数を減らすか、グエンの脳内では次から次へとドラゴンキラー装備のアイデアが浮かび笑みすら浮かんでいた。もし、誰かが一緒なら、このような状況で笑うなど不謹慎、狂人だと噂されたかもしれない。

 オタクとは本来そのような生き物なのである。

 王国の全国民が、このグエンが同時代に居てくれたことが幸運であると気がつくのはさらに1000年を要することとなる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る