第4話 老いと寿命

 「おい、サルル!奴のこと調べてきたぜ。」


 グエンはサルバドールを酒場に呼び出し話し始めた。


 「顧客の冒険者から聞いた話なんだが、あの銀狼ぎんろうと呼ばれる狼人オオカミじんは12月王国の北門から奥地に入ったところにある魔洞窟に入り、唯一生きて戻った人間らしい。」


 サルバドールは天文のこと以外はあまり興味はなかったが、魔境の中にある魔洞窟の話は知っていて思い出した。


 「あれか、中に入った人間は時空の狭間に飛ばされるか、身体ごと弾け飛んでしまうというやつか。」


 「そうなんだ、ただ、その冒険者の話によると、洞窟に入って生きて戻った人間は永遠の命が手に入るということらしい、馬鹿げた御伽噺おとぎばなしだがな。」


 その時、サルバドールはその馬鹿げた御伽噺が脳内に焼き付けてしまった、理性では危ない、そんな上手い話はない、信じる奴はどうかしている、と叫ぶのだが、脳内の深いところにある「モノ」が冒険しろと反論する。


 「そうだよな、そんな馬鹿げた話鵜呑みうのみにする奴の気がしれない。」


 そうしてその日は適当に二人で酒をくみかわし、そして別れた。


 しかしサルバドールの脳内の「モノ」の声は消えることはなく、じわじわと、そして確実にボリュームを上げていったのである。


 そしてその「モノ」は日々少しずつ増大し、10年が経過した。


 サルバドールは王立大学の天文学教授として学者として届きうる最高の地位に君臨した。


 ある日、いつものように研究の合間に例の魔洞窟についての古文書の記述を調べていた。


 魔洞窟についてはサルバドールは専門外であったのだが、その一文が自分のある研究テーマの一つと合致がっちしたのである。


 もちろん全く別のテーマの偶然の一致だろうが、サルバドールは脳に染みついた黒点のように消えることはなかった。

 その日の夜。


 サルバドールはいつものようにぬるめのお湯の入ったバスタブにワイン片手に浸かり、いろいろと考えを巡らせていた。


 湯船でウトウトしてワイングラスから湯船にワインをこぼしてしまった。


 「おっといけない。」


 その時だった。

 ワインの赤が湯に広がっていくさまを見て脳内の黒点と繋がり鮮明なイメージとなった。


 「ヘウレカ!ヘウレカ!わかったぞ!わかったぞ!」(アルキメデスがこう言ったらしい)そう叫びながらサルバドールは裸のまま自室へと走った。


 過去のいくつかの魔洞窟に関する記述の日付と惑星大直列の日付が見事に一致しているのだ。


 サルバドールは服を着るのも忘れて惑星大直列に関する観測結果と過去の記録、王国で起きた変異な事件発生の記事などを漁った。


 断片的だんぺんてきな情報ながら、惑星大直列の日にはさまざまな怪異現象かいいげんしょう異形いぎょうの人間の出現、疫病えきびょうや害虫の大発生などが確認できるのである。


 「惑星大直列の日に洞窟に入れば不死身となる。」


 55歳となったヒト族のサルバドールは己の老いと寿命の問題に直面して一見滑稽な、そんな御伽噺がサルバドールの頭でぐるぐる回り出して止まらなくなった。



 

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