第9話 イジメに負けるな!ヘアドネーションの意味
六年生の春、ボクたちの担任の先生は大久保大吾先生に変わった。
体育館の中は紅白の幕が壁全体をおおい、ステージの上の壁には「入学おめでとう」と大きく書いた紙が貼られて、大きな花びんにには色とりどりのキレイな花が飾られている。
ちょうど六年前、上級生の人から胸にリボンをつけてもらったことと同じく、今度はボクたちが新しく入学してくる一年生につけてあげる番だ。
ボクのかみの毛もずいぶん長くなり、四十cmくらいに伸びている。今はポニーテールにしてしているんだ。
ボクの心の中では昔のサムライ気分なんだけど…。
来夢くんもすっかり元気になり、遠足や体育の授業や、運動会とかにも参加出来るようになった。
まるで病気にだったのがウソみたいで、大好きなピアノも頑張っているみたい。
そして今日は来夢くんのとなりにボクが立ち、新一年生にリボンをつけてあげていた。
みんなきんちょうしているみたい。
そんな時一人の女の子がボクの方をじっと見て、
「あの人は女の子?男の子?」
と、つきそいのお母さんに小さな声で聞いていた。
「しっ!聞こえるでしょ!あの子は男の子よ」
「どうしてかみの毛があんなに長いの?」
「さあ、どうしてかしらね。かみの短い男の子からリボンつけてもらいましょ」
そう言って来夢くんの方に並んだ。
ボクはなんだかガッカリした。でもそうだよね。普通は男の子は短いかみの毛の子が多いんだもん。変に思われるのも仕方ないよね。
他にも違うクラスメイトたちがいて、ボクの方をちらちら見るようになった。
今までは誰もボクのかみの毛のことなんて気にしていなかった、クラスメイトたち。
この入学式を境にみんなの様子がおかしくなってきた。
「なあ、未来、お前かみの毛伸ばして女の子みたいだな」
そう言ってきたのは、最近クラスの中でもボスみたいな存在になってきた、高橋銀次くん。
「なんだよ、急に。今まで何とも思わなかっただろう?」
「今まではずっと一緒にいたから思わなかったけど、そこまで長いのは女みたいだぞ。あはは」
「ボクは悪いことをしてるわけでもないし、ちゃんと理由があるんだ」
「どんな理由か知らないけど、ポニーテールなんて女がするかみじゃないか。それに考えてみたら未来なんて名前も女みたいだよな」
ボクは名前の由来も聞いていたから、すごくいい名前だと思っているのにくやしくて、思わず
「笑うな!」
って叫びながら銀次くんを突き飛ばしてしまった。
「なんだよ!女、女、女」
すると来夢くんが
「未来くんのどこが女の子なんだよ!かみの毛を伸ばしている理由もちゃんとあるんだよ!」
と、すけ立ちしてくれた。
女の子たちは
「男とか女とか言うのって差別じゃないの?」
「うるさい!女はだまっていろ!」
「銀次くん、もうやめろよ。ボクのかみの毛はボランティアのために伸ばしているんだぞ!」
「そんなの知らねーよ。なあ?お前らもそう思うだろ?」
銀次くんは自分のかたを持ってもらうように、他の男の子たちの方を見た。
他の男の子たちは誰も銀次くんには言い返すことが出来なくて下を向いていた。その時
キーンコーンカーンコーン。
授業のチャイムがなった。
体育の時間で跳び箱だった。
「何かあったの?みんな変な雰囲気よ」
大久保先生が空気が違うと思って聞いてきたけど、誰も何も言わなかった。
「それじゃ次は跳び箱の上で前転だぞ」
大久保先生が一度お手本を見せてくれて、そのあと出席番号順に並んで次々と跳び箱に向かった。
ボクの番が来た。ボクが跳び箱の上で前転すると、かみの毛がジャマになって上手く回れなくて、跳び箱の横に落ちてしまった。
そしたら銀次くんや、いつの間にか他の男の子までクスクス笑っていた。
ボクは顔がほてってきたのがわかった。
来夢くんだけは心配そうな顔をしていた。
給食の時間がすぎて、次は社会の授業だった。
ボクの席の後ろは、銀次くんといつも一緒にいる中村タケルくんだった。
授業中タケルくんは先生の目をぬすんで、ボクのかみの毛の先の方を手でくしゃくしゃしたり、シャープペンシルでくるくる巻いてボクをからかってきた。たぶん銀次くんに指示されたのだろう。
ボクはイラついて時々後ろを振り向き、小声で「やめろよ」と言ったけど、ボクが前を向くとタケルくんは、また同じことを繰り返してちょっかいを出して来た。ボクはもう無視して相手にしないことにした。
次の日学校に行くと、ボクの中ズック入れに女と書かれた紙が入っていた。ボクは平然として紙をビリビリやぶいてゴミ箱にすてた。
教室に行くと、銀次くんやタケルくんたちがニヤニヤしながらいた。
机の上にはえんぴつで「女」とたくさん書かれていた。ボクは頭にきて、必死で消しゴムでえんぴつの字を消した。
次は教科書を入れようとして机の中を見ると、ピンクや赤の折り紙がいっぱい入っていた。ボクは頭がカーッとなって、
「いい加減にしろよ!こんなくだらないことするなよ!」
と、銀次くんたちに向かって言った。
でも銀次くんは
「オレたちがやった証拠でもあるのか?」
と、言い返してきた。そう言われてしまうと言い返すことが出来ない。
ボクはだまって折り紙をゴミ箱にすてた。
その時ホームルームの時間を知らせるチャイムが鳴った。
大久保先生が「おはようございます」大きな声で言いながら、教室に入って来た。するとゴミ箱の折り紙に気づき、
「誰がこんなことしたのかな?」
すかさず
「未来くんでーす!」
と銀次くんが言った。
「未来くん、どうしてこんなことしたの?」
「……」
「だまっていたらわからないよ?」
すると来夢くんが
「銀次くんとタケルくんたちが、未来くんのこと、かみの毛が長いことを女の子だってからかっているんです!」
と言ってくれた。
大久保先生は
「国語の時間になったけど、このままホームルームを続けます。どうして銀次くんたちは未来くんのかみの毛のことをいうのかな?かみの毛は長いけど、未来くんは男の子だよな?一年生のときから伸ばしていること、知っているじゃないか」
「だって女みたいにポニーテールなんかしてるから…。それに名前も女みたいだし…。なあ?」
銀次くんはタケルくんの方に助けを求めるように見た。タケルくんは首を小さくうなづいた。
「外見で判断するのはいけないことです。それにお父さんとお母さんが頑張って考えた名前に対してからかうのは、もっと悪いこと!これからは未来くんのことをからかうのはやめましょう。出来るよな?銀次くんにタケルくん」
二人はボクの方を向いて「はい」と小さな声で返事をした。
「これから未来くんがかみの毛を伸ばしている意味を話します。君たちが一年生の時、一致団結して白血病になった来夢くんのために千羽鶴を折ってあげたことを、渡辺先生から聞いています。その時の気持ちがなくなったのかな?白血病という病気は血液のガンなんだ。ガンは体に入っていることを早く見付けることが出来ると、治る確率も多い。でもそのガンに負けてしまう場合もあるんだ。そのために抗がん剤という強い薬を使うらしい。来夢くんもその抗がん剤で苦しんだと思う。副作用って言って薬が体に合わない場合、吐き気や熱が出たり、かみの毛がなくなってしまうんだ。もし君たちが自分のかみの毛がなくなって、他の人に見られたらどう思うかな?周りの人に見られて嫌な思いをするかもしれない。そのためにぼうしをかぶったり、カツラをかぶる人が多いんだ。そのカツラは人口的なものだと、すぐカツラとわかってしまうかもしれない。そこで人毛、つまり本当のかみの毛で作ったカツラを選ぶ人もいるんだ。でもその数は病気の人よりすごく少ないんだ。長さも決まっていて三十一cm以上と決まっている。そのくらいの長さにするには大変なんだぞ。かみを洗うのも乾かすのも時間がかかるし、夏は長いかみの毛は暑くて切りたくなる。それをガマンして伸ばすのは大変なことなんだ。未来くん、そうだろう?今は男の子でも肩まで長いかみの毛の子も普通だ。他の学年にだってそういう子がいる。未来くんはそこまで知って決意して伸ばしているんだよ。全然恥ずかしいことじゃないし、それに対してからかうのは良くないことだよな?わかるよな?だからせめてこのクラスのみんなだけでも、未来くんを応援してあげようよ」
銀次くんもタケルくんも顔と耳を真っ赤にして、下を向いていた。
それから二人はボクのことを「女」とは言わなくなった。
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