第9話 司書の仕事 

 貸し出しカウンターに腰掛けて、ぼんやりと入り口の方を眺めながら、藍子は一昨日の出来事を思い返していた。

 マークは経営学部の四年生で二十一歳だと教えてくれた。十七歳差か。私は大学生の子がいるお母さんに見えるかしら。藍子は館内にいる大学生を見渡しながらそんなことを考えていた。


「あの、内山さんいますか」

 目の前に立つ女子学生に話しかけられ、急に現実に引き戻される。

「あ、えっと、内山さんですか?どんな用事ですか?」

「先週、建築学の研究論文について相談してたんですけど。内山さんが勧めてくれた論文が入ってきたかどうか知りたいんです」

「わかりました。ちょっと待っていてくださいね」

 藍子はそう答えて立ち上がると、本棚で本の整理をしていた内山を見つけて声をかけ、二人で貸し出しカウンタ―に戻った。


 内山は女子学生を見つけると、右手の親指と人差し指でまるをつくり笑顔を見せた。

「あの論文ね、著者の先生に連絡したらお借りできるって。よかったね。今週中には入ると思うから、また金曜日に来てみてください」

 女子学生は安堵したように胸に手を当てて、

「ありがとうございます。ほんと助かりました!」

 と、元気よく礼を言った。


 内山と女子学生が論文のテーマについて話しているのを背中で聞きながら、藍子は返却された本を種類別に整理していた。

 司書の仕事で一番力量が試されるのは、レファレンスね。

 以前、仕事中の雑談で藤木が言った言葉を思いだした。学生が知りたいことがあるとき、司書の資格を持っていないパートスタッフである藍子にも、学生はそうと知らず質問してくることがある。


 その情報がどの本なら一番詳しく載っているのか、もちろん学生自身も館内にあるコンピューターの検索ツールで探すが、検索結果の文字面もじづらだけではよく分からないのだ。

 その際に役に立つのが、司書自身の頭の中に整理された本棚である。藍子は文系の学問に関する事であれば学生の役に立てることもあったが、理系の学問となるとお手上げ状態だった。


 女子学生が去った後、藍子は感嘆しながら

「内山さん、いつも感心しています。毎日のように内山さんを頼りに聞きに来る学生がいるもの」

 と声をかけた。内山は振り向いて藍子をちょっと見つめると、

「六年も働いていれば、このキャンパスにある学部の学生がどんな本を探しているか大体分かるようになります。ま、論文は常に新しいのが出るから、そこは情報収集に注意しなきゃですけどね」

 と何でもない風に答えた。そして少し間をおいてから内山は、

「私、学生の夢を応援したくて大学付属の図書館司書になったんです。だから、レファレンス業務好きなんですよね」

 と言って口の両端を上げた。

「そうだったの。素敵な動機ね」

 ちょっと照れながら右手を挙げ元いた本棚に戻っていく内山の後ろ姿から、藍子はしばらく目が離せなかった。




 


 

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