シアワセ

「え、えと。お久しぶり……ですね。お元気でしたか?」

「えぇ、そうね。お前と会うまではかなり機嫌も良かったわ」


 そうこわばった笑みを浮かべて話しかけて来るマイラ。

 その笑みに苛立ちすら隠すことなく私は応えた。

 

 よりにもよってコイツか。

 そう目の前の顔を睨みつけながら私は警戒を強める。


 マイラ。

 こいつも私と同じ教室で学んだ魔女である。

 この際だから言ってしまうが、私は自分が学生であるときからコイツのことが嫌いだった。

 孤児の悪ガキどもですら反応しない様な下ネタに嬉々として食いつき、寮とは名ばかりのプライバシーも無い空間で自らの欲するままに指を走らせる。

 よりにもよって隣部屋だったこともあり、コイツの所為で何度眠れない夜を過ごしたことか。


「……はぁ」


 そんな過去を思い出して深い溜息を吐く。

 そう。コイツはいわば、むっつりなのだ。

 

 「それで?こんなところで一体何をしているのかしら?」


 溜息と共に、過去に向いていた目を今に戻して私はそう尋ねた。

 それにマイラは目をあちこちに向けながら、


 「あ、はい。わ、私はですね。この国を取っちゃえないかなと思ってまして……」


 そんなことを言うのだった。

 どうやら先ほどまでの私の想像通りだったらしい。全く、呆れたものだ。


「身の程を知れ。仮に取れたとしてお前程度にこの都市を扱いきれるとでも?お姉様の手に渡るならともかく……」


 お姉様の首に抱き着く力を強めながらそう言うと、マイラはこてんと首を傾げてこう言った。


「お姉様……あぁ、師匠せんせいのことでしたよね?……師匠。うらやましいですよねぇ。お綺麗で、堂々としてて。」


 そう言って遠くを見る様な顔を見せるマイラ。

 なんだこいつ。お前ごときがあこがれるのもおこがましい。

 そんな二割の悦びと八割の苛立ちを吐き出そうと口を開くと、


「そうかなぁ。マイラもマイラで可愛いよ?」

「お姉様!?」


 私の下からお姉様がそんなことを言うのだった。

 うぅ……よりにもよって私よりこんなやつを褒めるなんて。

 というより、そんなことを言ったらアイツが調子に……ん?


 あまりの静かさを疑問に思い、ふと目を上げてみると、マイラの常に泳いでいた目はしっかりとお姉様の方を向いていた。

 そうして驚いた様な表情のまま大きく息を吸うと、


「ほ、ホンモノなんですか!?」


 そう叫ぶようにして声を上げた。


「本物?何それ。私の偽物でも居るの?」

 

 そう首を傾げて訊ねるお姉様に私は同意する。

 お姉様の偽物だなんて不届きにもほどがある。一体どこのどいつが……

 

「……あ」


 やばっ、思い出した。


「あ、あれ?ご存じないんですか?前にサラさんが師匠のホムンクルスを作って」

「わー!!!わーーーーー!!!!」


 流れるようにして吐き出された私の秘密を、お姉様の耳に入る前に声で叩き落す。

 一番大事な部分は聞かれなかったと思うがこれは……


「これ、ちょっと静かにしてなさい」


 そう言って、私を引き剝がすお姉様。

 そしてその足でマイラの元まで向かうのだった。


「そ、それでですね?……」

「……ほーん」


 二人で何やらこそこそと。私のお姉様が私の嫌いな奴と一緒に居るという事実も苦しいことには苦しいが、私には何より……


「……へー」


 時折、にまにまとした笑みを浮かべながらこちらに顔を向けて来るお姉様。これが一番キツかった。

 あぁ、あの教室さえ終わればバレることはないと思っていたのに……


 そう恥ずかしいやら悲しいやらで脳が壊れそうになっていると、直に話を終えたのか、お姉様はゆっくりとこっちへ近づき……


「すけべ」


 そうぽしょっと耳元で囁いたのだった。


「ッ!!」


 それが恥ずかしくて、胸が痛くて。私は気づけばへなへなとへたり込んでしまった。

 お姉様はそんな私の頭を撫でる。

 ずっとうつむいている私からは当然顔も見えないのだが、お姉様のことだ。これ以上ないほどににやにやしているであろうということはよく分かる。

 あぁ、もう。恥ずかしくて仕方ない。

 一体どうしてこんなことに……いや、考えるまでも無いか


 そう考えたとき、直ぐにその元凶に思い至った私は、それに目を遣った。そこにはなにやら幸せそうな顔をしてこちらを見つめるマイラの姿。そうして私が見ていることに気づいた様子をみせると、


「やっぱりサラさんは幸せそうな顔をするんですね」


 そんなことを言うのだった。

 ……やはり分からない。

 そう自然と吐き出された様子の言葉に私はそんなことを思った。

 今の私の顔なぞ、興奮と羞恥から涙をにじませた見苦しい物であることは自分自身よく分かっているのだ。だというのに、そんな顔を指して、コイツは「幸せそう」の一言。

こんなもの、怒るなと言う方が難しいだろう……とは言ってみたんだが。


「はぁ……」


 呆れた目でジロリと睨めつけ、思わずため息を吐く。

 そんな私の言葉とは裏腹に、当の私自身はあんまり怒って居なかったりするのだ。というのも、その原因も、やはり目の前のコイツである。


「……?」


今しがた自分が何を言っていたのかすら理解もせず微笑ましそうにニコニコと。

 そんな生まれて間もない赤ん坊の様な顔をされてはこちらの気の一つや二つは削がれるというものだろう。

 このバカっぷりに、無神経さ。

 実際この態度に何度気を削がれてきたことか。だからお前は嫌いなんだ。

 ……だが、今日はそうはいかない。


 目の前のを睨みつけながら私はゆっくりと口を開いた。


「キッド、臨戦」


 すると、それまで煙の前でこちらを見ながら不安げにうろうろしていたキッドは突然動きを止めた。


「……♪」


 そうして笑う。

 普段はあまり動かない口角をこれでもかと吊り上げて。

 そこからの変化は劇的だった。

 ゆっくりとこちらに近づいてくるキッドの体からは黒い煙が噴き出し始め、辺りを覆っていくのだ。

 そしてこの空間いっぱいに広がったそれは私の目の前に収束すると、

 

「――――――――ッ!!!!!」


 煙を振り払い、高らかに吠える。

 現れたのは、狼の様な黒く、巨大な怪物だった。

 らんらんと迸らんばかりの殺意を青く冷たい目に宿し、鋭く裂けた口からは白い牙が覗く。

 その輪郭は煙に包まれ、不明瞭ではあるものの、それは幼き日に見た悪夢そのものだった。

 そのせいか、母であるはずの私も、この姿のキッドには少し尻込みしてしまう……のだが。


「わぁ~~!!!やっぱり綺麗ですね!キッド君は!!」


 目の前の外敵は、有ろうことかそのキッドを褒めるのだ。それも、例の笑みを浮かべて。まるで私の恐れているモノなぞこの程度だとでもいわんばかりに。

 その姿を腹に据えかねて、私は怒りで声が震えない様に努めつつ口にする。


「ずいぶんと余裕なのね。それとも何かしら。私とキッドじゃ相手にもならないと?」


 そう言うと、マイラは手を顔の前でばたつかせて慌てたようにこう言った。


「え、えぇ!?まさか私ごときがそんな……というか、どうしてキッド君を臨戦態勢に?」


 またか。

 そんなとぼけたマイラの反応に私の内心は思わず空を仰ぎ見る。

 ホントに……何を考えて生きているんだか。

 そんなことを考えながら私は無言でマイラを睨み続けた。

 さしものマイラもこれには何かを察したようで……


「あっ……そう……ですか。」


 そう呟くように口にして、うつむいたのだった。


「一つだけ……聞いても良いですか?」


 そうしていたかと思うと、突然マイラはそんなことを聞いてきた。


「……何?」

「もし、そこにいるだけで幸せになれる……そんな場所が有れば行ってみたいと思いますか?」


 続けて飛んできたそんな質問に私は首を傾げる。

 突然何か言い出したと思ったら一体何を言っているんだコイツは。

 そもそもそんな場所がある筈無いという答えが頭をよぎったが、それ以前に……


「私の幸せは私の家族の隣よ」


 そう、私はお姉様に、私の可愛い子供。その二人さえいれば、他に望むことは無い。

 その意思を睨みつける様な眼光と共に伝えると、マイラは少し物悲しそうな顔をしてこう言った。


「やっぱり……サラさんは私の幸せを受け入れたりしませんよね。だったら……」


「分かりました」


 そう区切った言葉と共に、マイラは初めてこちらを見つめた。

 そうして……


「んっ……くぅう……」


 キンッ


 突然額に現れた文様から、飛び出た楔を抜く。

 その痛みに声を漏らしながらも完全に引き抜いた楔はその手を離れ、地に落ちると同時に崩れて消え去った。


「やりましょうかサラさん。私には何故あなたがお怒りになって居るのかはわかりませんが……私の方にも貴女と戦う理由が出来ました。」

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魔の繋ぎ手 かわくや @kawakuya

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