級友
「うーん、もどかしいな」
そう言いながら物陰からこっそりとキッドを見守るお姉様。
その目線の先には、未だ自分に付いてきているのは人間の子供だと思っているようで、遊ぶ様に、ぐるぐると走り回りながらちまちまと進む悪魔の姿が有った。
「……」
その背で思わず顔をしかめているのを自覚しながら、私はお姉様の言葉に無言で同意する。
というのも、その原因は今こちらに流れてきているキッドの魔力。そこにある。
本来、悪魔が生み出す魔力と言うのは、この世に存在する物とは何かが違うらしく、人間はもちろん。我々魔女にすら扱いきれないのだ。幸いにしてその魔力そのものがこちらに害を及ぼすというわけではないそうだが、自分に蓄えきれない量の魔力を注ぎ込むという時点で既に自殺行為だ。現状は微かな満腹感程度で済んでいるが……
「すぅ~……」
そんな頭をよぎった嫌な想像をお姉様のうなじに顔を埋めることで追い払う。
そんな先行きの見えない道中に不安にはなるが、悪い想像ばかりしていては話が進まない。もっと現実的な対策をとるべきだろう。という訳で。
(キッド、一度そのぬいぐるみを捕まえて)
そう念じた瞬間、突然キッドの速度が上がった。
今までの牧羊犬のようなゆるゆるとした追い方ではなく、猟犬のような仕留める動きに。
そのあまりの変化に驚いたようで、飛び上がって速度を上げるぬいぐるみだったが、その短い脚をどれだけ動かしたところで本気を出したキッドにはかなわない。そのバタバタとした追いかけっこは直に…
「ーーーーー!!!」
ぬいぐるみの敗北で勝負は決したのだった。
捕まえ、抱きしめるように持ち上げたキッドの腕の中で、もがくようにバタバタとあがくぬいぐるみ。ぬいぐるみに顔を押し付けるキッドの姿に若干の愛おしさを抱かなくも無かったが私は次なる命令を下した。
(キッド、力を緩めて逃げ出したらまた追って)
その言葉に少し戸惑いの念が飛んできたが、キッドは言われた通り腕を緩めてぬいぐるみを逃がす。それを機にこれ幸いと抜け出したぬいぐるみは先ほどと比べ物にならない程の必死さで一直線に逃げ出した。
そしてすぐさまそれを追うキッド。
「……なるほど」
そう言って走り出すお姉様が口にした言葉とキッドから納得した様な念が飛んできたのはほぼ同時だった。
再び逃げ出したぬいぐるみは、回りくどい動きを止め、一目散に逃げだしたのだった。
だが、いくら本気を出したところでやはりキッドには叶わない。
距離を詰められ、泳がされ。そんないたぶるような追い方で遊ばれながらも、ぬいぐるみは必死に足を動かす。
そうして先ほどの道行きは何だったのかと思うほどに跳ね上がった速度は……
「なるほどなるほど。これは……いかにもって感じだ。」
直に私たちを目標と思しき地点まで導いてくれたのだった。
そう口にしたお姉様の前にはピンクと白の煙で作られた不可思議な壁。その煙の前には遊び相手が居なくなったからか、少し寂しそうに煙の前をうろうろと歩き回るキッドの姿が有ったのだった。
ぬいぐるみは煙の中に消えたようだが、煙を警戒して中に入らなかったのだろう。やはりうちの子はいい子だ。帰ったらたんとご褒美をやらねば。
そう強く決意を固めつつも、私は目の前の煙について考える。
魔力を頼りに全体を俯瞰してみると、この煙は範囲にして半径約100mを囲う様にして覆っているらしい。ただ、外部からの影響を完璧に遮断しているらしく、魔力を通して中を探ろうにも、この煙を隔ててなんの情報も得られないのだった。先ほどのぬいぐるみが抜けて行ったという事実から同じ波長をもつ者なら通れる……いや、実体をもつ者を通すのか?誰でも通れるというのは考えにくいが……試さない訳には行かないだろう
そう考えつつ私は少し屈んで足元に有った石を拾った。それを煙に向けて……えいっ。
そうして宙を舞った小石は、煙をかき分けて煙の中へと消えていった。
ふむ、どうやら入ること自体は可能らしい。ただ、音が聞こえてこなかった辺り、どうやら別の空間の入り口になっていると考えるのが妥当だろうか。
そういったことも魔術で可能ではあるはずだが……我々を以てしてもかなり高度なモノのはずだ。これについては魔女の仕業と言うより、その悪魔がしたこととして考えるのが妥当だろう。
ただ、そう考えると少し悩むことがある。
「……」
そう、覚えが無いのだ。同じ教室で過ごした同胞の内に異空間を作ることに特化した悪魔について。
確かに似たことが出来る奴は居たが、授業の途中で既に息絶えた。グランマの最初の授業で放った一言を借りるなら、「他人から躊躇なく奪える様な奴でなくてはこの先生き残れない」
その点、私もその言葉はについては守れて無いのだが、まぁ、生きているのだから言いっこ無しだろう。
とまぁ、脱線もそこそこに、だ。
残った可能性として考えられるのは……
ととっ
突然背後から聞こえた着地したような音に、考えるより早く振り向く。そこには……
「あ、あれ?誰かと思ったら……サラさんだったんですね」
……そこには一人の女が居た。
とは言っても、当然ただの女などではない。腰まである長い桃髪に、目にするすべてにおびえるようにせわしなく両目。その体はゆったりとしたローブによって覆われており、ここから見えはしないが、アームカバーが腕までを覆っていることはよく知っている。
どうやら最後に見たときから何も変わってないらしい。
そう呆れつつ、私は最大限の侮蔑を含めてその名を呼んだ。
「……お前か、マイラ」
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