突入

「それで、どうしましょうか」


 既に正午は過ぎ、少し日が傾いてきた頃。

 先ほどまで居たなんとかタワーを後にした私はお姉様にそう尋ねていた。

 それにお姉様は、辺りを見渡しながらこう言う。

 

「うーん、やっぱり最初に行くなら例の貧民街じゃないかな?」


 まぁ、そうだろうな。

 聞いた私が言うのもなんだが、正直どこかを調べるにはそこを置いて他にないと思っていた。その上で一応お姉様にも尋ねたのだが、お姉様まで同じ結論となれば、安心だ。

 一応付近の住民に話を聞くという選択肢も無いではないが……そこはお姉様だしな。

 わざわざ話を聞くより現地で足を動かしながら手掛かりを探す方が好きなのだろう。

 そんなわけで少し歩いた後、


「ふみゅっ!!」


 突然立ち止まったお姉様の背中に鼻をぶつける。


「いてて……どうかしましたか?お姉様」


 私が驚いて声を上げてもなお、びくともしないお姉様を不思議に思ってそう訊ねればお姉様はゆっくりと指を上げて、


「ねぇ、何かなアレ」


 そう言ったのだった。

 その向いた指の先には子供と追いかけっこをしているピンクの丸々とした動物の姿。確かにあの色合いの動物はあまり見ないが……ん?


 ふと感じた馴染みある感覚に思わず目を鋭くする。

 あぁ、なるほど。これは……


「お姉様、悪魔です。アレ」

「……へぇ」


 その言葉にお姉様は口角を鋭くしてそう笑った。


 間違いない。あの動物モドキから感じる魔力。あれは悪魔特有のものだ。

 そして、その悪魔を使える存在となると、少なくとも私は一つしか知らない。

 どうやら貧民街を拠点として、アゴイスタ全体に手を伸ばす計画だったらしい。

 最終的にこの国の全てを奪うつもりでいるんだろうか。

 それならグランマも「大したもんだ」と笑いそうなものだが……


「どうします?」


 私たちの頭にこびりついているあの高笑いを想像しつつ、とりあえずは現状をどうするかについてお姉様に尋ねる。

 それにお姉様はにっと微笑んでこちらを見ると、


「どうしたい?」


 そう喜色を忍ばせた声でそう返してきたのだった。


「この場で一番正しいのはこのままあの悪魔をつけることだろうね。ほら」


 そう言って向ける先を変えたお姉様の指先には、『貧民街』と書かれた看板の掛かった地下への階段。そう、この都市、アゴイスタの貧民街は地下にあるのだ。なんでもこの都市として先に有ったのは地下の方らしいのだが、何やら地下で暮らす必要がなくなったらしく地上に這い出て作ったのが今目の前にあるこの都市らしい。

 あまり地理の授業は好きでは無かったのだが、いくつかの国は成り立ちが面白かったので、覚えている。この国も、そういった理由で記憶に残ったものの一つだ。

 

 まぁ、それはそれとして。

 

 どうやら子供に気取られないように往復を繰り替えしているようだが、例の悪魔はじわじわへとその階段へと足を延ばしていた。

 この調子だと、もう三分もしない内に、子供達は連れていかれるだろう。そんなところまで子供達が素直について行くかについては疑問が残るが、相手は悪魔だ。どんな感情が核かはわからないものの、思考誘導程度ならできても何らおかしくはない。


 そうして連れていかれるのはおそらくその母、すなわち私と同じ存在の元だろう。

 そこまで着けば後は簡単だ。目の前の敵をボコるだけで良い……なのだが。


 私はふと子供を見遣る。

 

 そこには純粋に笑いながら逃げる悪魔を追いかける子供の姿。

 そんなものを見ていると、目の前の子供にも親というものが居ることに思い至った。

 私は孤児だったので子供側の気持ちはわからないが……


「……ッ」


 心臓が縮み上がる様な想像に思わず胸のあたりを握りしめる。その後、ふっと力を緩めて……


「いえ、その場合、お姉様の名声に傷がつくかもしれません。こんな状況でもほら……こんなに目だけはあるのです。後から『どうして助けなかった』とでも言われたらたまったものではありませんから」

「あぁ……そうだね」


 周囲を行き交う目を示しながらそう言うと、何かを思い出しているのか、うんざりしたような顔をしながら同意を示すお姉様。昔何かあったのだろうか。それならこちらにとって都合がいい。


「だからここはキッドを使います。」

「……続けて」


 そんな私の言葉に意外そうな顔をしながら説明を促すお姉様。

 ついさっきの擬態を見れば信用できないのも無理はないだろう。

 確かにキッドは完璧な擬態はできない。

 ただ……


「お姉様、恐らくアレはろくに周囲の知覚すら出来てないんだと思います。」

「ほう」


 突然言ったそんな言葉に驚きを見せるお姉様。

 その驚きは尤もだろう。

 なんせあの動物モドキはすんでのところで子供達の手を避け、壁を避け。捕まるようで捕まらない様な距離を保ち続けている。その状態で『正しく知覚できてない』と言っても信じられる筈が無い。

 だが少しでも魔力の扱いに精通している者なら分かるはずだ。あの動物モドキそのものが生物ではないということに。

 今回の場合、距離とずいぶん杜撰な魔術的防護が張られていたため、気づくのが少し遅れたが、あれはおそらくぬいぐるみか何かなのだろう。そしてその中に入った小さな何か。それが悪魔の正体だ。

 そもそもあんな小さなモノに人間と同じような感覚器官があるのかすら疑わしいが、とにかくあの生物は体のどの部分も外に出しては無い。

 つまり外部の知覚も、ぬいぐるみの体を動かすことも全て魔力頼りだということだ。

 要するに……


「なるほど。魔力さえごまかせればキッドでも代わりになれるってことだね」


 顎に手を当て、そう納得する声を上げたお姉様にうなずいてみせる。


「でも、魔力の隠ぺいはどうするつもり?キッドだと頑張っても短時間が限界なんじゃない?」


 そう、それもまたお姉様の言う通りだ。

 キッドによれば、先ほどハイドに擬態のコツを教えてもらい、多少上手になったとは言っていたが、それでも魔力の隠ぺいについては一朝一夕でどうにかなるものではないだろう。

 しかし、それを可能にする裏技が一つ有る。

 それは……


「私にキッドの余剰分を流します」


 そう、私たち魔女と悪魔の関係は親と子ではあるものの、人間とは違い、私たちの間にはずっとへその緒がつながった状態だ。

 そのつながりを介して私とキッドは会話し、感情を喰らった際に分解した魔力をもらったりしているのだが、今日だけはいつもと逆だ。

 キッドが自ら生成した魔力を私に流し込む。

 ただ、それにもいろいろな問題が有るのだがとりあえず……


「お姉様。今回の道中私を負ぶってもらっても大丈夫ですか?」

「?その位ならお安い御用だけど……」


 そう言って私を背負うお姉様。

 いつ振りかも知れないこの体制に少しうれしくなったりもしたが……


 「追跡はお願いします」


 それだけ口にして、私は目の前の広場を魔力の靄で視界を覆う。


「きゃあ!なにこれ!」

「なんだこの魔力!?」


 その突然現れた靄に口々に戸惑いを口にする人間達。

 

「キッド、子供たちを引きはがして追跡。お姉様はマーキングはしたのでお願いします」


 その隙に私は一気に行動を起こした。

 一つは言葉通り、キッドに子供と悪魔を引き離し、その代わりとしてキッドとその分身を元居た分だけ設置する。


「お、なるほど」

 

 そして二つ目は、幻惑魔術を応用した視界の共有。今のお姉様には、靄の影響を無くしたクリアな視界と、ぬいぐるみが発光して見える筈だ。お姉様なら上手に使ってくれるだろう。

 そして最後にぬいぐるみを物理魔術で地下へと押し込む。

 この高密度の魔力の影響下なら、恐らくぬいぐるみの方も何が起きたかすら理解もできていない筈だ。

 多少強引にはなるが、この靄もいつまでも展開しているわけには行かない。先ほどは子供がもう少しで連れていかれるところだったので少々強引にことを進めたが、ここまでうまく立ち回れば大丈夫なはず。

 そう不安要素と現実を比べ不都合が無いことを確かめながら私はお姉様の背に揺られて移動するのだった。

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