依頼人(2)
「流石私の妹。口も上手いだなんて」
そう言いながらお姉様は膝に乗った私の頭を撫でる。
お姉様とおそろいの黒髪を手ですいてもらって、お姉様のお腹に顔を埋めて。
このご褒美だけであんな脅迫まがいのことをした元は取れるというものだ。状況が状況であれば、このまま眠りに落ちることもやぶさかでは無かったのに……
「……コホン」
「はぁ……」
こちらの意識を引くような咳払いに渋々ながら体を起こす。
そうして起き上がり正面を向き直れば、気まずそうにこちらをチラチラと見ながら冷静さを取り繕うとしていた男が居た。
怖いのならこのまま放置していればよかったのに。
まぁ、それで困るのはこちらなんだが。
「一応お姉様からお聞きしたのですが改めて説明していただいてもよろしいですか?私は一体何をすればいいのでしょうか」
そう言うと、男は髪の生え際を白いハンカチで拭う様子を見せ、未だためらいがちにこう言った。
「はい。私が貴女の……お姉様?に依頼したのは最近町の貧民街で人さらいをする魔女が居るということでその討伐を依頼しておりました」
緊張している様子で、けれどはっきりした声でそう言った男。その姿に嘘をついている様子は無かったものの、私はその説明に違和感を覚えていた。
「失礼?その説明ですと貴方は部下や、市民からの又聞きでお姉様に依頼したということでしょうか」
そう。先ほどまで魔女の存在すら疑っていた様な人間が又聞きでこのような不確かな情報で依頼をするものかと疑問に思ったのだ。よりにも寄ってこの都市が。
そんな疑問だったのだが、男は首を横に振って口を開いた。
「いえ、実のところ、私も最初の内は一笑に付していたのです。『この現代に魔女なんて』と」
こちらをチラチラと見ながら男はそう言う。
あー、はいはい。その程度じゃ怒らないからさっさと言いなさい。
そう呆れた様な目と共に、シッシッと手を動かす。
それに体を跳ねさせると、男はうつむいてこう言った。
「なので実際に私も貧民街を見に行ったのですが、そこで見たものはそんな私の考えを吹き飛ばす程度にはすさまじい物だったのです。」
「……それは一体?」
男のもったいぶる様な話ぶりにほんの少しもどかしさを感じながら私はそう続きを言うように促した。
「誰一人、貧民街に居なかったのです」
「は?」
その吐き出された言葉に私は思わず素で反応した。
誰も居なくなった?
そんなの人さらいどころの騒ぎじゃない。
この都市の規模からして貧民街に住む人間は……少なくとも数万は下らないだろう。
そんな数の人間が一斉に姿を消すなど……
「……最後に人を見たのは
自分で考えをまとめようと繰り返していた途中に浮かんだそんな疑問を口にする。
「一か月ほど前になります」
そんな疑問が出ることはわかり切っていたようで、考える間もなくそう答えた男。
なるほど。これは異常事態だ。貧民街とはいえ、万単位で人間が消えたのだ。これはふつうでは考えられない異常事態だろう。だが……
「どうしてこれが魔女の仕業だと?」
そう、普通ではないにしても、考えられる筋は無いでも無いのだ。例えば、貧民街の人間が一斉に夜逃げしたとか。これは極端な話ではあるが、これだけの情報でとっくに消えたはずの魔女の仕業とするにはいささか早計過ぎる気がしたのだ。
そんな疑問に男は嫌な記憶を思い出すように顔を歪めながらこう言った。
「はい。実は……魔女の方から声明が有ったのです。自分は魔女である。戦えるものは殺しに来い、私が死んだらこの住民も解放しよう。と。」
あちゃー……その言葉を聞いて思わず内心でそう頭を抱える。
いつかに聞いたグランマの武勇伝の一つ。姫攫いの引用だ。
誰だか知らんが、少なくとも、私と同じ教室で育ったということだけはよく分かった。ただでさえ、弱い人間を狙ったこと自体に怒ってるだろうにそんな煮え
そうまだ見ぬ同胞に文句を吐きつつ、どうしたものかと考えていると、お姉様は私の肩を叩いてこう言った。
「これで聞きたいことは全部かい?」
その言葉にうなずくと、
「よし、じゃあもうここには用はないね。という訳でありがとう市長。おんなじことを二回も話させてすまないね。」
そう言ってその場を後にした。
そうして私も会釈をし、お姉様の後に続こうとすると、
「お、お待ち下さい!!」
なにやら必死そうな声が背後から飛んできたのだ。
何事かと思い後ろを見れば、何やら立ち上がり、焦った様子の男が居た。
「依頼と言うからには……えー……」
「……サラです」
「これは失礼。サラ様の方についてもそう言ったお話をせねば」
不安げにそう語り掛ける男の姿を見て一つ思いついた私はここでいたずらをすることにした。
「こほん」
「な、なんでしょう」
そんな私の咳払いにビクッと肩を跳ねさせる男。やはり良い反応をしてくれる。
「先ほどの言葉をお忘れですか?」
「先ほどとは……私たちが身分をわきまえている限り……という?」
「えぇ、その通りです。そして……」
恐る恐ると言った様子で吐き出されたその言葉をゆっくりと首肯した後、魔力を四方八方に放出する。
それはたとえ魔力感知のできない人間だろうと、訳も分からず身も竦むレベルのものだ。
ずいぶん魔術に精通しているらしいこの男からすれば今までに無いほどの重圧だろう。
「あなたたちの身分は搾取される側でしょう?でしたら報酬は……」
「こ、この都市の全て……」
ついには後悔するように、おびえるように。
表情にそんな色を浮かべながら、男は力なくへたりこんでしまったのだった。
「……ぷぷっ」
その様があんまりおかしいので、私はそれまでしていた圧を掛ける様な態度と魔力をひっこめて思わず吹き出す。
「????」
それで一番困惑するのはやはりこの男だった。一気に態度を変えた私を測りかねるようで、歪んだ顔のまま、頭上に大量の疑問符を浮かべていた。
「くっ、ふふ……冗談。冗談ですよ!まったくもう。」
その様子がやはり面白かったので、ついに私は笑顔でバシバシと男の肩を叩きながらネタバラシをしてしまったのだった。
ホントに……どうして人間の反応はこう面白いんだろう。
そう満足しながら私は男に背を向け、歩きながらこう言った。
「報酬についてならお気遣いなく。お姉様はともかく私はただやりたくてしているだけなので。それに……」
そこで私は振り向くと、満面の笑みを浮かべながらこう言った。
「欲しくなったら奪う。その方が魔女らしいでしょう?」
ばたん。
「それも……冗談、ですよね。」
未だサラに付いていけていない男の声がサラに届くことは無かった。
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